政府は6月7日、2023年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の原案を公表しました。
原案では以下のような言及がありました。
2000兆円の家計金融資産を開放し、持続的成長に貢献する「資産運用立国」を実現する。そのためには、家計の賃金所得とともに、金融資産所得を拡大することが重要であり<中略>これらによる家計所得の増大と併せて、持続可能な社会保障制度の構築、少子化対策・こども政策の抜本強化、質の高い公教育の再生等に取り組むことを通じ、分厚い中間層を復活させ、格差の拡大と固定化による社会の分断を回避し、持続可能な経済社会の実現につなげる。
しかし、「2000兆円の家計金融資産を開放」することの功罪は慎重に吟味する必要があります。
第一に為替、第二に金利への懸念です。
現状、95%以上が円建て資産で構成される2000兆円の数%でも外貨建て資産へシフトすれば大変な円安圧力を生むという懸念です。
例えば22年末時点で日本の家計は約1110兆円の現預金(円建て)を保有しています。
この10%が「強い外貨」に移ろうとするだけでも110兆円規模の円売りが起きる。これは22年の経常黒字の約10倍に相当する規模です。
22年に直面した円安は社会問題化するほどの震度だったものの、家計金融資産が外貨建て資産に向けて開放されたわけではなく、家計部門がリスク許容度を高め、国内から海外へ本格的に目を向けた場合、どれほどの円安相場が実現し、また、それが輸入物価上昇を通じてどれほど日本経済の足枷になってくるのかという問題意識は抱いて当然です。
「安い日本」を象徴する出来事は枚挙に暇がなく、そのような社会情勢から自国通貨の脆弱性を懸念し、外貨建て資産に関心を持つ層は今後増える可能性が高いのです。
その上で政策的にも「貯蓄から投資へ」を声高に叫べば、余計にその雰囲気は強まる恐れがある。日本人は合理性よりも「皆がやっているからやる」という空気で一気呵成に動く傾向があるため、要注意です。
第二の懸念は円金利への影響で、家計金融資産が解放されることで長年日本経済が享受してきた国債の安定消化構造に影響が及ぶ可能性はあります。
家計や企業が円建て現預金という運用形態を取ってきた背景には日本経済に期待される成長率が低迷しているからという事情があります。
低成長に最適化された運用先が自国通貨建て現預金という最もリスク量が小さい資産クラスだったのです。
民間部門が下した合理的な決断を政策的に開放しようと揺さぶった場合、これが為替や金利にもたらす危険性はもっと認知されても良いでしょう。
家計金融資産の開放と円金利への影響を理解するためにはまず、資金循環構造を正確に理解する必要があり、家計や企業の現預金は銀行部門に貯蓄され、そのまま銀行部門に滞留して誰も使わなければ文字通り「死に金」ですが、そうした民間部門(家計や企業)の貯蓄は政府部門が借りて消費・投資に充てられてきました。
銀行部門を主語として言い換えれば、預かった現預金を国債に投資してきたという話です。
そうすることで日本経済の資金循環はバランスしてきたのです。
厳密にはそれでも国内全体に貯蓄過剰が生じるため、その分、海外部門が貯蓄不足(≒経常黒字)になることで経済全体の貯蓄・投資が均衡するという構図が続いてきましたた。
こうして完成された「民間部門(家計と企業)の貯蓄過剰」は日本低迷の結果で、円建て現預金への傾斜もその現象の1つの結果に過ぎません。
今年度の「骨太の方針」原案を見ても、この点に理解の齟齬があるように思え、原案では家計金融資産の開放が「持続的成長に貢献する」と謳われています。
つまり、「家計金融資産が解放されなかったため、持続的成長が損なわれてきた」という問題意識があります。
つまり「貯蓄は低成長の原因」という見方です。
しかし、低成長が予見されているのに家計が株式への投資を積極化させたり、企業が設備投資を積み上げたりする理由はそもそもありません。
「貯蓄は低成長の原因」ではなく「貯蓄は低成長の結果」という方が実情に近いのではないでしょうか。
なお、銀行部門、特に民間銀行が国債を多く保有する実情を捉えて「銀行の役割は貸出なのに国債運用ばかりしている」という批判は断続的に見られてきましたが、これも因果を取り違えています。
銀行の本質的な役割は貸出ではなく「経済全体の資金過不足を均すこと」で、「『資金を持て余している主体』から『資金を必要としている主体』へ融通すること」が銀行部門に期待される役割です。
日本の銀行部門において貸出が盛り上がらず国債投資が増えたのは、低成長の結果として「資金を持て余している主体」となった家計や企業から、成長の下支えを強いられ「資金を必要としている主体」となった政府へ、銀行を介して資金が融通されたということです。
低成長に合わせ銀行の本質的役割である「資金過不足の調整」が機能したとも言えます。
これまでの日本で「貯蓄から投資」が進まなかったのは「そうせざるを得ない経済状況があったから」という事実が出発点になっています。
円建て現預金を中心とする家計金融資産の構成も、それを原資として低位安定する国債利回りも、一国経済の地力を反映した結果であり、その結果を力づくで変えようとしているのが「骨太の方針」で謳われている「資産運用立国」論ではないでしょうか。
「民間銀行-政府部門-日本銀行」が三位一体となっている日本国債の消化構造は円金利の安定という意味では盤石です。
資産運用立国の旗印の下、家計金融資産を開放し「貯蓄から投資」を政策的に促すことは、この消化構造を揺さぶる行為とも見受けられます。
仮に、政府の企図する通り、「貯蓄から投資」が盛り上がった場合、国債は無難に消化されるのでしょうか。
「眠っている」と表現される現預金は銀行部門経由で国債購入に充てられ、それが眠りから目覚め、例えば外貨建て資産へ投資された場合、日本の銀行部門の代わりに国債を買う経済主体を見つけてくる必要はないのでしょうか。
海外部門に購入して貰う展開はあり得るが、国内投資家のような低利での購入は当然望めません。
円金利上昇は円安同様、国民生活に直結する話であるため、こうした懸念は小さなものとは言えません。
実際問題として、日本の家計金融資産の構成が国際的に見て過度に保守的である可能性は否めないため、「資産運用立国」論にも正当性はあります。
しかし、それに付随して懸念される為替や金利といった国民生活に直結する変数への大きな影響はさほど議論されていません。
既に制度的な枠組みが出揃い、iDeCO(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)の抜本的な拡充が図られるにしても、円建て資産と外貨建て資産では受けられる恩恵に差があっても良かったのかもしれません。
将来的に家計金融資産の変動が為替や金利に大きな影響を持っているという議論が活発化した場合、そのような修正が検討される可能性はあるでしょうか。
いずれにせよ日本において資産運用が活発化しなかった背景を検討する際には、日本人特有の保守性や金融リテラシーの欠如にその原因を求める発想も誤りではないと思われますが、日本経済が強いられてきた厳しい経済環境も併せて考慮すべきではないかと考えます。
現存している資金循環構造にも相応の理由とメリットがあったことも知った上で「貯蓄から投資へ」の動きを促していくべきでしょう。