日本でもFIRE(経済的自立と早期退職)がブームになっていますが、米国では下火になってきたといわれています。
大きな理由は米国の高インフレです。
米国の消費者物価指数は、この40年間経験したことのない上昇で、食料品はいうまでもなく、大都市のアパートの賃貸料は1年で10%以上も値上がりし、ガソリン価格は14年ぶり以上の高値となってクルマ社会の米国の家計を直撃しています。
FIREブームが始まった時は、これほどの急激かつ大幅なインフレを想定していませんでした。
それだけではなく、FRBの利上げの副作用で、FIREの資金源であった株式投資の収入まで不安定になっています。
いったんは退職した人たちも、生活プランを大幅に見直しする必要に迫られ、再び働き始めるようになったのです。
日本では以前、「老後2,000万円問題」が話題になりました。無職世帯の平均収入から平均支出を引くと毎月5.5万円(=30年間で2,000万円)不足するという金融庁の試算で、当時は大騒ぎとなりました。
これが発表されたのは5年前(2017年)のことですが、今の日本の物価上昇の勢いを考えると、2,000万円でも「全然足りない」ことは明らかです。
ある調査によると、老後の資金が足りなくなる第1の理由は、「早期退職」だそうです。調子のよい記事に乗せられてFIREに走る前によく考えましょう。
米雇用統計で注目したいのは「労働参加率」です。労働参加率とは、就業者と求職者を合わせた労働力人口が16歳以上の全人口に占める割合のことです。
その中でも、プライムエイジとよばれる、25才から54才までの働き盛り世代の労働参加率が重要です。
労働参加率の上昇は、賃金上昇に対して労働市場が反応しはじめたサインです。
大幅な物価高の不安の中、コロナ給付金という臨時収入を使い果たしたり、FIREをいったん休止したりした働き盛り世代が、高賃金にひかれて、雇用市場に戻り始めています。
このような雇用市場のサイクルは、ジャネット・イエレン財務長官が予測していました。
FRB前議長で経済学者でもあるイエレン財務長官は、30数年前に発表した労働市場に関する学術論文の中で、「不況の後、多くの人々は労働市場から完全に離れるが、時間の経過と共に、景気回復と賃金の上昇を期待して、再び労働力として戻ってくる」と論じました。
労働市場がひっ迫すると、賃金が急上昇する。すると労働者が高賃金に惹かれて再び働きはじめる。労働力参加率は上昇し、失業率と賃金が安定します。
そして最終的には賃金の伸びが鈍化する。基本的な需要と供給の論理です。今後の雇用市場は、イエレン理論の正しさを証明することになるかもしれません。
数字を見る限り、現在の米雇用市場が堅調です。
しかし、コロナ後の経済は光速スピードで変化しています。雇用市場がどのような状態にあるかよりも、雇用市場がどちらへ向かっているかを知ることの方が大切なのです。
生活コストの上昇による実質所得の減少が人々の仕事復帰を促し、労働力の供給が十分になった結果、賃金上昇圧力が軽減し、結果としてインフレが低下する。これが米経済にとってはベストです。
しかし、別のシナリオも存在します。それは、生活コストの上昇による実質所得の減少で消費が縮小して、売上減で企業業績が悪化します。
その結果、雇用が減り、失業者が増え、不況になります。
これは米経済にとってはワーストシナリオといえますが、こちらの可能性の方が高いことは、残念ながらパウエルFRB議長も認めています。
FRBが大幅利上げという劇薬によってインフレ率を2年以内に目標値の2%まで下げようとしたら、失業率は8%まで急上昇するといわれています。
パウエルFRB議長の、インフレ抑制の手段に「条件をつけない」とは、経済成長さえ犠牲にするという宣言です。
アメリカ株がバブル崩壊ともなれば、コロナバブルで急騰した分の反動で相当の日柄調整が必要で、最悪、数年程度の不況になるかもしれません。
いずれにせよ、不景気になり、株価が下がれば、FIRE計画もとん挫しますし、リタイア後も利回り4%のリターンで生活費を賄うこと自体ができなくなります。
さらに、円安・インフレなどによる家計の圧迫や将来不安に備え、貯蓄に走る傾向になるため、リタイアするどころか働かざるを得ない状況に追い込まれる方も多くなると思います。
いつになるかわかりませんが、次の大きな上昇相場が来るまでFIREブームは起こらない可能性は高いです。