親から受け継いだ別荘で静かな生活を送っていたAさんは、2年ほど前、突然隣家が騒がしくなったと嘆きます。
民泊です。長いこと空き別荘だった隣が民泊業者に買い取られ、若者グループが日替わりで押し寄せ大騒ぎするようになりました。
玄関にはキーボックスが取り付けられ、運営会社の表記等はなし。困ったAさんはすぐに長野県や軽井沢町などに相談したといいますが、 ベランダや庭で深夜までバーベキューなどして騒ぐので、時間制限をして欲しいと県から伝えてもらいました。しかし、運営業者から『それはできない』と言われたとのことで、それっきり。
町のほうは『相手に書簡を送る』と言っていましたが、被害は解消せず。どころか、どんどんエスカレート。窓を開け放して深夜までカラオケ、森の中で打ち上げ花火。外国人が何十人も集まって大音量で音楽を流し、クラブのように踊っていたことも。
都度、警察に通報して収めてもらっていましたが、翌日にはまた同じような輩がやって来る。まるでタイムリープのように、毎日、悪夢の繰り返し。
そもそも軽井沢では、町の条例で「民泊は禁止」とされており、貸別荘も1カ月以上から。1泊貸しもNGとなっています。問題はすぐ解決すると安心していたAさんでしたが、町から「相手が電話に出ないので注意ができません」と言われてそれっきり。
その後も被害は続き今年4月、隣が庭にコンクリートを敷き始め、屋外サウナを運び込むのを目撃し、すぐ町に通報したといいます。軽井沢町の条例では、宿泊施設が設備を増設する際は「町と協議が必要」と定められています。
今度こそ町から指導が入ると期待しましたが、「現地に行ったが誰もいなかったので話ができませんでした」と伝えられて終わりだったとAさんは肩を落とします。
実はこの時、町は事業者に電話で「サウナなどを増設する工事をしていませんか?」と尋ねています。しかし、業者の「していません」との虚偽の回答をもって、現地で設備を確認せぬまま対応が終わっていたのでした。
気を揉む間にも工事は続き、設備はどんどん増設。そして7月、屋外にサウナ、水風呂、屋根付きバーベキュー小屋、大型バーベキューガスグリルが新設され、民泊はリニューアルオープン。 「隣にいきなりキャンプ場ができたようなものです。
設備のせいで、屋外で過ごす人数も時間も格段に増え、昼から夜まで酒盛り。サウナから出ては咆哮し、嬌声と水音を上げて水風呂に飛び込む。常に水着姿、または一糸まとわぬ姿の外国人や若者が大勢ウロウロ。
騒音もさることながら、地味に辛いのが臭いです。必ず大型ガスグリルでバーベキューをするので、肉や魚を焼く強烈な臭いが家に充満。
避けるには窓を閉め切るしかなく、クーラーがないので、今夏は何度も熱中症になりかけました」 あまりにもひどい状況を伝えようと町役場に直接赴いたAさんは、担当の環境課から「あれは民泊ではありません」と伝えられて愕然とします。
県の保健所が認可を出せば営業できる簡易宿所だから民泊とは言えない。町ではどうしようもないので、うるさい場合はどんどん警察に通報してくださいと告げられます。
なんと、簡易宿所・住宅宿泊事業者として県に届け出て受理されれば、軽井沢町ですんなり「民泊」を営業することができるのです。
何とも穴だらけのこの仕組みを利用して、軽井沢で民泊を始めるための指南を謳う法律事務所なども出てきています。
更には、「眠っているあなたの別荘を民泊にしませんか?」という惹句で、堂々とホームページで軽井沢での民泊経営を呼びかける業者も。実はAさんの隣家は、この業者が所有していることが判明。地元の不動産会社を通さず、海外の民泊サイトを通じて利用されているため、ステルス的に営業が始まるケースが多いといいます。
こうした「隠れ民泊」の多くが、条例に反して、町に届けず営業しており、Aさんの隣ももちろん無届。県に対して、この業者が簡易宿所の申請をした際、県は「軽井沢町の条例で、宿泊施設を営業する際は、町への届け出が必要。
その際は近隣との事前協議などが義務付けられている」と伝えたが、業者側は「趣旨は理解したが、それは行わない」と明言したという。県から町にそのやりとりは伝えられたが、結局、現在の状況に。
県は許可を出さないわけにいかないし、町の条例には罰則がないから、こうした民泊にも何も言えないそうなんです。
しかし、ある自治体関係者は、この対応はありえない。町には条例に基づき地域環境の保全をする責務があります。
悪質な宿泊施設による騒音・ゴミ・治安等の問題は、地域社会の秩序維持に関わるもの。罰則のありなしに拘わらず、町は改善・解消に向けて動かなければなりません。
形だけの対処で終わらせていると、監督を怠ったとして『不作為責任』を問われることがあります」9月に行われた軽井沢町議会で、条例で定められた事前協議などが遵守されるよう今後の対応策を尋ねられた町は「民法上の私的自治の原則に基づき、事前協議には介入しない」と明言しました。
これはわかりやすく言うと「当事者同士で話し合ってください」ということです。
しかし、一般住民が事業者と対等に交渉できるとは限らないため、弱者保護の観点からも行政が仲裁・規制すべきです。
実際、近隣の民泊について相談した町民のCさんは「ずっと指導はできないから、もし収まらなければ警察への通報や調停や裁判などで解決することをお勧めします」と町から言われたといいます。
時間と費用を考えると裁判などはできず、今も解決には程遠く、騒音以外に、宿泊客が放す犬の糞が庭に放置され、衛生面でも悩んでいます。
また、隣家が町に無届だと判明したAさんのケースでは、なんと町から「経営者に届け出を急がせている」と報告を受け、耳を疑ったといいます。解決に向けて動くどころか、早く届けを受理して、町はイチ抜けた、後は当事者同士で話し合いをとなりそうで怖いとAさんは怯えます。
これはもう完全に環境問題です。こんな悪質な宿泊施設に進んでお墨付きを与えたら、条例に基づく監督権限の放棄と見なされ、行政の不作為による違法性を問われる可能性があります。
私たちは町とケンカしたいわけではありません。このひどい状況を何とかしてほしいだけ。住宅地にいきなり無許可のキャンプ場ができたら、どんな町でも対応に乗り出すはず。ご近所トラブル扱いで済む話ではないと思うのです。
現在、軽井沢町では要綱の見直しが行われており、宿泊施設に客がいる時は管理者が常駐するという規定が盛り込まれる予定です。町はこれで解決すると明言していますが、こうした一軒家のどこに管理者が常駐するのか。民泊のことを全く想定していない改訂では、問題解決には程遠い。改訂されたとしても、そもそも要綱には罰則がありません。
いえ。罰則がないから消極的な対応でいいというわけではありません。軽井沢のブランド力を保持したいなら、そして悪質民泊を町からなくすつもりがあるのなら、宿泊施設の許可を出すにあたり県と町でもっと真摯に連携し合い、町の要綱・条例等が守られるよう即対策に動くべき。環境が改善しない間は指導も継続すべきです。
ブランドどころか「隠れ民泊」が住民に危害を及ぼす例まで出てきており、敷地前の小川に宿泊客がゴミを捨て、“立ちション”までしているのを見かねたBさんが注意をすると、「日本語がわからない」というジェスチャーで睨まれたといいます。
その後、勝手に敷地に入られたり、写真を撮られたりして、本当に怖かったです。
枯れ枝がある庭にバーベキュー後の炭や灰が捨てられていて、火災になるかと思いました。
入れ墨だらけの若い男性グループがサウナで騒いでいたので通報したのですが、警官が帰った後、こっちに向かって『通報してんじゃねえ!』『行くぞコラァ!』などと大声で凄んで騒ぎをやめず、周囲で明かりが点いているのはうちだけだったので、一晩中、恐怖を感じました。
軽井沢町の土屋三千夫町長は今年、こう宣言しています。 自然と環境を守り未来へ繋ぐ責任を全ての関係者で共有し、先人たちが築いてきた軽井沢の自然環境と景観を守ります。「隠れ民泊」から軽井沢を守ることはできるのでしょうか。
