経済学においては、人は常に合理的に行動するとされますが、実際の行動はそうとは限りません。
この矛盾を説明したのが、経済学に心理学の要素を加えた行動経済学です。
投資においても、人は非合理的な行動をとってしまうことがしばしばあります。
2022年に入ってからは不安定な相場が続いていました。止まらない物価上昇をコントロールするために、米国の中央銀行は急ピッチで金利を引き上げてきました。
そして、ようやく物価上昇に鈍化の兆しが見えてきたことにより、市場では米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ姿勢が軟化するとの期待感が高まり、株式市場では楽観ムードが広がりつつありました。
しかし、FRBのパウエル議長が8月26日の講演でインフレ抑制策を「やり遂げるまで続ける」と発言。早期の利下げ転換を否定したことで、相場は再度悲観ムード、一進一退の状況です。
FRB議長の発言は相場を占う大きな材料です。ただ、長期での運用を考えるならイベントによる短期的な変動に振り回されると非合理な行動につながることも珍しくありません。
その点をよく考えて投資判断を下す必要があります。
株式を短期で「売買」し、価格変動の利益を狙う方法はゼロサムゲームと言われます。
ゼロサムゲームで利益を上げるには、売買するタイミングが重要です。
一方、株式や債券などに分散投資し、長期的に「保有」することで、配当金などを積み上げて利益を狙う方法は、プラスサムゲーム(投資家全員の損益を集計するとプラス)と言われます。
プラスサムゲームでは、投資のタイミングはさほど重要ではありません。よって、タイミングは気にせず、今すぐ始めることが正解です。
プラスサムゲームで大事なことは、長期間「保有」することですが、実際にできている人は少ないかもしれません。
その理由は、人間の本能が関係しています。
経済学に心理学の要素を加えた行動経済学が生まれたのは、1970年代中ごろですが、3名もの研究者がノーベル賞を受賞していることから、いかに注目されている分野かがわかります。
その中で最も有名な理論の一つが、2002年にノーベル賞を受賞した、ダニエル・カーネマン氏のプロスペクト理論です。
この理論によると、「人間の脳は儲けたときの嬉しさよりも、損したときの悲しさの方が、2倍以上の心理的インパクトがある」と表現されています。
人は損と得を合理的に見分けられず、本能的に損をしないように行動するというものです。
実際に、この損失回避の本能が顕著に働きやすい場面を、3つご紹介します。
1【投資を始めたばかりの頃】
投資を始めたばかりの頃は、「損をしたくない」という本能が強く働きます。こちらに関しては、一定の期間を過ぎれば気にならなくなりますので、それまで我慢するしかありません。
2【今までの評価損が、回復したタイミング】
運用を開始した直後から、一度もプラスになることなく評価損となると、ストレスがかかった状態が続くことになります。
相場の回復により評価損がプラスマイナスゼロ付近まで回復してくると、経済的にメリットがなかったとして、売却してしまうことがあります。
早くストレスから解放されたいという気持ちの方が強くなるがゆえの行動です。これを「やれやれ売り」と呼んでいます。
3【今までの評価益が、減っていくタイミング】
投資を始めたばかりの、一喜一憂する期間を乗り越えたとしても油断してはいけません。
株は上昇するときよりも、下落するときの方が早い傾向があります。何年もかけて、コツコツと積み上げてきた利益が、数カ月でなくなってしまうということはよくあることです。
このような局面では「今うちに少しでも利益を確定させた方がいいですか?」という声が多くなります。
時間をかけて積み上げてきた利益が削られたくないという気持ちの表れです。
長期的に「保有」することが大事とわかっていても、「損失回避」の本能が強く働くのは、時価が元本に近くなるときです。
逆に時価が元本から遠ざかれば遠ざかるほど、あまり気にならなくなります。塩漬け株(売ると損をしてしまうことを理由に、購入時の想定以上の期間、やむを得ず保有している株)が多いのもこの理由からです。
そこで、なるべく「損失回避」の本能による、非合理的な行動が起きづらい状態にして、投資することをオススメします。
こうした非合理的な行動を防ぐためには3つの方法があります。
1【分割入金で投資する】
まとまった資金を一括投資してしまうと、運用の状況が気になって仕方なくなります。このような感情のブレを抑えるには、半年や1年といった期間を設けて分割入金で投資することです。
2【投資に制約をもたせる】
iDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)といった非課税制度を利用することは有効です。iDeCoは60歳までは売却できません。
NISAも売却してしまうと、非課税枠が使えなくなるというデメリットがあるので、売却の抑止力となります。
3【リスクを抑えて投資する】
今流行りの投資信託は、全世界や米国のインデックスファンドで、いずれも株式100%です。たとえ分散していても、株式の価格変動は小さくありません。
株式のみの運用では、その変動の大きさに精神的に耐えられないという方も多いと思います。
そこで、ポートフォリオに債券を組み込むことで、変動リスクを抑えられます。
ポートフォリオの中での株式の割合は、米国の伝統的な資産運用の考え方である、「100-年齢」を参考にするといいでしょう。
例えば50歳であれば、投資資金の50%を株式、50%を債券にすることで、変動リスクを抑えて運用することで、感情のブレも抑えられます。
世界への分散投資は、世界経済の中長期的な成長によって利益を狙うプラスサムゲームですが、短期的に相場は上げ下げを繰り返します。その度に利益確定や損切りをしたくなってしまうのが人間の本能です。
しかし、中長期的に世界経済が成長し続けるのであれば、売却する必要はないはずです。
世界経済の成長はGDPで表されます。GDPとは「人口×1人当たりGDP」です。ですから、今後も世界経済は成長し続けるだろうか? という問いの答えとしては、まず世界の人口が増え続けるかが重要です。
国連経済社会局(UNDESA)によると、2022年の世界の人口は約80億人ですが、2058年には約100億人まで増える見込みです。
そして、一人当たりのGDPに関しても、テクノロジーの発展により伸びていくと想定されていますので、今後も世界経済は成長し続けると考えるのが妥当でしょう。
つまり、世界へ分散投資と長期保有が合理的な投資と言えるわけですが、それを阻む人間の非合理な行動の理解に行動経済学は有効です。