「官製ネット通販」と揶揄され、1兆円規模にまで膨れ上がった「ふるさと納税」。年末のかきいれ時を迎え、1000万人近くにまで広がった利用者が「おとくな返礼品」を探し求めて、あまたの「ふるさと納税サイト」をはしごしています。
地方自治体も、地場産業も、寄付者も、「三方一両得」の制度として始まったふるさと納税だが、市場の拡大とともに本来の趣旨が忘れ去られ、さまざまな問題点が浮き彫りになってきました。
今、利用者が寄付した税金のうち1500億円規模にも上る巨額のマネーが、全国の自治体とは無縁の東京の仲介サイト業者などに掠め取られている実態をご存知でしょうか。
善意の寄付が制度につけ込んだ民間業者の懐に入ってしまっているのです。
もう一つ。高額所得者ほど寄付額の上限が高くなる仕組みを使って合法的な節税対策として利用されていることを承知しているでしょうか。
納めるべき所得税や住民税が肉や魚の返礼品にすり替わり、住んでいる自治体に納付されず住民サービスに支障をきたしているのです。
ほかにも、制度の矛盾が、有識者にとどまらず当事者の自治体からも次々に指摘されるようになりました。
ふるさと納税を主唱した菅義偉前首相は「2兆円」を目標に掲げましたが、規模が大きくなることは弊害も大きくなることにつながります。
ふるさと納税が健全な制度として持続的に発展するためには、小手先の手直しではなく、原点に立ち戻る抜本的な改革を行わねばならないタイミングを迎えています。
「ふるさと納税は、だれのためにあるのか」が問い直されなければなりません。
ふるさと納税は、「自分のふるさとや縁のある地域に寄付(納税)して、元気になってもらおう」という趣旨の寄附金税制の一つで、2008年にスタートしました。
政策的に言えば、地方と大都市の格差是正や人口減地域における税収減対策を、自治体と庶民の間で進めようというもので、個人が納める税の一部移転ということになります。税法上は、寄付額を住民税から控除する仕組みで、当初の上限は住民税のおおむね1割、現在はおおむね2割。
所得税も、税率に応じて一部控除される。ただ、寄付しようとすれば2000円の自己負担金が持ち出しになります。
税収の少ない地方自治体が自由に使える寄付金で少し財源が潤い、販路が限られていた地場産業は返礼品需要で少し活性化し、ふるさとに貢献したくてもなかなかできなかった利用者が少し満足感を味わい返礼品まで受け取って少し得した気分になるという、「三方よし」の制度といえました。
もともと「善意の寄付」を想定していたので、当初は、利用者も寄付額もささやかで、寄付を受けた自治体も礼状を出す程度のほのぼのとしたものでした。
知る人ぞ知る制度で、11年に東日本大震災で被災自治体への寄付が急増したものの、しばらくの間は、寄付者は10万人余り、総額も100億円余りで推移していました。
ころが、地場の特産品を返礼品としてふるさと納税を募る自治体が現れるようになり、その動きはやがて全国に広がって寄付金獲得の競争が始まりました。
いつのまにか、寄付金を集めること自体が目的化し、もともとの狙いが変質していったのです。
そして2015年。寄付できる金額の上限が倍増(住民税控除額の上限を1割から2割に引き上げ)し、確定申告が不要となるワンストップ特例の導入で手続きが簡略化されると、事情が一変します。
ふるさと納税がにわかに注目を集め、利用者の意識も様変わり。返礼品が税金の還元策になることがわかると、自らのふるさとへの貢献など置き忘れ、ネットに並ぶ返礼品の品定めに血眼になりました。
高額返礼品を受け取り実質的な節税にいそしむ高額所得者の姿も目立つようになりました。
寄付者は100万人を超え、寄付総額は一気に1500億円規模にまで膨れ上がりました。
そうなると、利用者の関心を誘うためには地場の特産品だけでは足りず、地場産業以外の返礼品や地場産業とは関係のない商品券や金券まで提供する自治体も現れ、「寄付金争奪戦」はますますエスカレートしました。
とはいえ、ビジネスとは無縁の地方公務員が、十分な実務のノウハウを持ち合わせているわけもありません。
そんな事情に目をつけたのが、ネット通販などに長けている中央の民間業者でした。
最初に仕掛けたのはベンチャーの「ふるさとチョイス」で、IT企業アイモバイル系の「ふるなび」、ソフトバンク系の「さとふる」、「楽天ふるさと納税」の楽天など、大手業者が続々と「ふるさと納税サイト(仲介サイト)」事業に参入しました。
本来、自治体が行わなければならない実務を、業務委託として請け負い、仲介手数料を得るなど、さまざまな形で全国の自治体に関与していったのです。
どの仲介サイトも、自治体ごとの返礼品はもちろん、肉・魚・果物・民芸品などにジャンル分けされ寄付額に応じて整理された全国の返礼品が一目でわかる「ふるさと納税サイト」を展開し、利用者を寄付に誘いました。
自治体にしてみれば、独力では限界のあった返礼品の情報発信が、仲介サイトに情報を提供するだけで全国津々浦々に行き渡るようになったのです。
さらに、返礼品の選定や評価まで助言してくれるうえに、面倒な決済まで肩代わりしてくれるようにもなりました。
こうして、どの自治体にとっても、仲介サイト業者はなくてはならない、ありがたい存在になったのです。
ふるさと納税の22年度の利用者は891万人で、スタートした08年度の3万人余りに比べると実に約300倍。寄付件数は5184万件と14年連続で過去最多を更新し、寄付総額は9654億円にまで膨れ上がりました。
08年は81億円だったから約120倍に膨張、この3年間に限っても倍増しています。
寄付受入額トップの自治体は、宮崎県都城市で約196億円。北海道紋別市約194億円、同根室市約176億円、同白糠町約148億円、大阪府泉佐野市約138億円、佐賀県上峰町約109億円と、「100億円自治体」が続きます。
昨今は過大に集まった寄付金の使い道に苦慮する「うれしい悲鳴」を上げる自治体も出ているといいます。
一方、利用者の大半を抱える大都市圏では、本来入ってくるはずだった多額の住民税が地方の自治体に流失し、住民サービスに支障が出始めるようになりました。
寄付に伴う23年度の住民税の減収総額(いわゆる「赤字」)は全国で6798億円となり、もっとも多い横浜市は272億円に達します。
名古屋市、大阪市、川崎市も軒並み100億円を超える。こちらは、本当の悲鳴です。
「ふるさと納税狂騒曲」が全国に響き渡り、悲喜こもごもの自治体の姿が映し出されています。
こうなると、話は違ってきます。
当初は静観していた総務省ですが、各方面からさまざまな問題点が指摘されるようになって、規制策を打ち出さざるを得なくなりました。
まず19年に、「返礼品は地場産品に限り調達費は寄付額の3割以下」(3割ルール)、「返礼品+経費の総額は寄付額の5割以下」(5割ルール)という「御触れ」を出し、ルールを遵守した自治体のみがふるさと納税を実施できる制度(指定制度)を導入しました。
たとえば、寄付金が10万円の場合、返礼品の調達費は3万円以下、送料や仲介サイトに支払う手数料、広告費などを含めた総経費は5万円以下に抑えなければならなくなった。寄付額のせめて半分は自治体に入るよう指導したのです。
住民税を払っていない、仕事を辞めた人たちには関係ない話ですけどね。