東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出で、中国政府が日本産の水産物の輸入を全面的に停止した影響が、国内の水産業に出ています。
日本政府は、影響を受けた水産業者に追加支援策として207億円を支出するようです。
処理水の放出に関しては、風評対策や漁業者の事業継続などを目的として既に800億円の基金を設けており、これで支出額の総額は1007億円となります。
実は、中国によって、もっと言えば習近平によって、日本の水産業が揺さぶられるのは、これがはじめてではありません。
習近平は中国共産党総書記に就任した2012年の秋には、いわゆる「倹約令」を出しました。
急速な経済成長も伴って、それまで当たり前のように振る舞われていた党員や役人などの高級接待や豪華な宴会を禁止させました。
「虎もハエも叩く」として、庶民に評判のよかった汚職摘発と同時に打ち出した政策でしたが、こちらの方はそれで潤う庶民も減ったことから、喜んでいる人は少なかったようです。
その影響は日本にも及び、宮城県の気仙沼港といえば、日本一のサメの水揚げで知られます。
ここで加工されるフカヒレは高級品として、中国にも輸出されていました。ところが、「倹約令」によって中国需要が落ち込むと、生産ラインを止めたり、閉鎖に追い込まれる工場が出てきたりしたのです。
ただ、こうしたことは中国の国内事情による、局所的なものでしたが、今回は国家を挙げての全面的な輸入停止措置です。
福島第一原発のトリチウムの年間の放出量は22兆ベクレル以下に抑える計画ですが、日本政府が作成した資料によると、中国は2020年に浙江省にある秦山第三原発から約143兆ベクレル、21年には広東省の陽江原発が約112兆ベクレル、福建省の寧徳原発は約102兆ベクレル、遼寧省の紅沿河原発は約90兆ベクレルのトリチウムを放出しています。
日本側は科学的な根拠に基づいた説明を中国側に求めているが、これに応じていません。
そうなると、覇権主義的な発想に基づく嫌がらせか、もはや経済的な戦争を仕掛けてきていると言っても過言ではありません。
あるいは外交カードとして、中国市場の解放を条件に日本側に譲歩を迫るつもりなのでしょうか。それは日本が米国と足並みを揃える先端半導体製造装置の輸出規制の解除なのか、あるいは中国が申請しているTPP参加の承認なのかです。
だが、輸出規制の解除にしろ、TPP参加承認にしろ、そうなった途端に中国が日本産水産物の輸入停止を解くようなら、最初からそんな国に科学的根拠など通用しないはずです。
それだったら、日本政府が支援策に打ち出しているように、中国以外の海外への販路拡大を目指したほうが賢明です。
いつまたチャイナリスクが襲うか、計り知れないからです。
それにもまして驚かされているのは、処理水放出直後から日本の企業や団体に中国から嫌がらせの電話が殺到したことです。
大量の迷惑電話は、発信元として中国の国番号「86」が表示されているといいます。
中国国内からかけていることになります。
そんなことも、以前にはなかったはずです。
電話に出ると、中国語で一方的に捲し立てて切られる中国人から日本への嫌がらせ。それも中国当局による組織的なものなのか、反日感情に煽られた個人的なものなのか、定かはではありません。
しかし、後者であるとすると、少し考え方を変える必要があります。
いま中国は「日本病」に陥りつつあると囁かれています。
経済回復もままならず、人口減少や少子高齢化が進み、不動産バブルの先行き不安は、日本のバブル経済が崩壊してデフレが続いた「失われた30年」と重なるからです。
そこには、時代の閉塞感が伴います。
恒大集団が象徴するように、不動産不況が中国経済を後退させ、米中対立にはじまる日本や欧州との対外関係の悪化は、対中投資を激減させ、貿易も振るわず、経済悪化を助長しています。
若年層の失業率の悪化も著しく、中国政府が公表を差し控えるほどです。
庶民に不平や不満が蓄積され、若者には行き場のない閉塞感が広がります。
それが日本への嫌がらせ電話で、ガス抜きの役割を果たす。あえて中国政府がそうさせるように、煽ったのかもしれません。
一党独裁の中国共産党がもっとも恐れるのは、国民が反発すること、暴動を起こすことです。
もっとも暴動が起きやすいのは、腹を空かすことで、腹が満たされて、経済的にもある程度豊かであれば、不満はありません。
だから、昔から食料供給、食料価格の維持には神経を尖らせるのです。
しかし、昨年の「白紙運動」のように、中国政府の「ゼロコロナ政策」に反発する動きが全国の主要都市で起きてしまったのでは遅いのです。
中国政府は手のひらを返したように、「ゼロコロナ政策」をやめてしまいました。
「日本病」に陥る国民の不平不満を日本に向けさせることでガス抜きさせているのです。
それが中国政府の意図であろうとなかろうと、その矛先が中国政府に向かったところで、習近平指導部に危機的状況が訪れるでしょう。
今回の中国の日本産水産物の全面停止措置について、過去に日本が大騒ぎした中国の「毒食問題」への意趣返しです。
「失われた30年」の間に、2000年代、2010年代と、やはり中国の毒食報道が流行った時期がありました。
その時に、どうして日本人はこれほどまでに中国の毒食にこだわるのか、いまにしてみれば、それも日本社会に漂う閉塞感のガス抜きだったのかもしれません。
そしていま、日本に向かう嫌がらせ電話が、中国社会に蔓延する不平不満のはけ口であるとするのなら、中国共産党の崩壊もそう遠くないのかもしれません。