人は何を求めて仕事に向かうかは、その大前提として、多くの人が仕事をするにあたって欲するのは経済的安定です。
一部の資産家を除いて、収入を得るための手段としての仕事を否定する人はいないと考えられます。
しかし、働くことの意味はそれだけではなありません。
働くことを通じ、人は有形無形問わず、様々なものを得ているのもまた事実です。
仕事に対する価値観を体系的にまとめたのが、心理学者のドナルド・E・スーパーです。彼は、職業価値(work value)を経済的な安定を得ることだけではなく、自分の能力が活用できること、人の役に立てることなど、20の尺度にまとめています。
仕事に対して抱く価値観は、職業選択のみならず、仕事以外の生活面における様々な役割にも影響を及ぼします。
「シニアの就労実態調査」では、働くうえで大切にしている考え方をスーパーの尺度をもとに計29の価値観としてまとめています。
同調査ではこの29の価値観それぞれについて、重要と思うか、そうでないかを5つの選択肢から選んでもらう方法で尋ねており、そのデータをもとに因子分析を行っています。
因子分析の結果によると、現代の日本人が働く上で感じる価値観は大きく次の6つに分類できるようです。
・他者への貢献
・生活との調和
・仕事からの体験
・能力の発揮
・体を動かすこと
・高い収入や栄誉
多くの人にとって、これらの要素が働く上でのモチベーションになっています。
年齢を経るごとに、その価値観がどのように変わっていくのかについて、各因子得点の推移を年齢別に表したものをみると、20代は仕事に多くの価値を見出す年代です。
20代の因子得点が最も高いのは「高い収入や栄誉」となっています。
若い頃にこうした目標を持つことは、意欲高く仕事をするうえで大切なことであり、それが職場によい競争を生み出し、結果として組織のパフォーマンスも高まっていきます。
若手社員が「高い収入や栄誉」に価値を感じて互いに切磋琢磨 することには大きな意味があると言えます。
さらに、「仕事からの体験」や「能力の発揮」も得点が高いです。
新しい仕事に楽しさを見出し、仕事能力の向上を実感することができる年代が20代です。
しかし、歳を経るにつれ、仕事を通じて感じる価値は減っていきます。
30代になると多くの因子が急激に下がり、仕事に対して緩やかに価値を感じなくなっていくのです。
人数自体は減少していきますが、会社で地位を上げ収入を高めることに希望を見出す人は、30代や40代の時点でもなお一定数存在しています。
ただし、それ以外の要素はだんだんと重要だと感じなくなってくるのです。
つまり、仕事が出世競争に勝つための手段になっていくのです。
「生活との調和」は引き続き重要な価値となっていますが、これは家庭を持って子供ができ、仕事を通じて家族の生活を豊かにすることを求める人が増えるということでしょう。
多くの人が仕事に対する希望に満ち溢れていた20代から、人は徐々に仕事に対して積極的に意義を見出さなくなっていきます。
そして、落ち込みの谷が最も深いのが50代前半です。
この年齢になるとこれまで価値の源泉であった「高い収入や栄誉」の因子得点もマイナスとなり、自分がなぜいまの仕事をしているのか、その価値を見失ってしまう。
定年が迫り、役職定年を迎える頃、これからの職業人生において何を目標にしていけばいいのか迷う経験をする人は少なくありません。
そうした現実がデータからうかがえるのです。
しかし、仕事に関して最も思い悩む年齢が50代前半だということはつまり、仕事に対して新しい価値を見出す転機もその年代にあるということもまた事実です。
仕事に対してどの程度の価値を見出しているかのデータを50代以降追うと、「高い収入や栄誉」を除いたすべての要素が70代後半に向けて価値を増していく様子が見て取れます。
そして、仕事に対する受け止めについて、70代の就業者は若い頃以上に肯定的な見方をしていることもわかります。
仕事に何を求めるかという観点でみたとき、50代は大きな転機になる年齢なのです。
人が仕事に対して意義を感じるかどうかは、50代を底にしたU字カーブを描きます。
社会人になって以降、長い職業人生で失ってしまった仕事に対する意義は、50代を境にして、以後、長い時間をかけて再生していくのです。
あくまでこれは、一生働くか社会的に何かとつながっている人に限ります。
定年以降に見出される就労観は、20代の就労観と大きく異なっていることにも注目です。
高齢になるほど高まる価値観としては「他者への貢献」「体を動かすこと」などがありますが、これはいずれも20代では重視されない価値観です。
つまり、より正確に言えば、多くの人にとって仕事の価値観は単に回復するだけではなありません。
定年後の新しい仕事や生活のなかに、これまでになかった価値を見出していくというプロセスをたどるのです。