去年あたりから「何も相談せずに辞めた若者」の話を頻繁に聞くようになりました。実は僕が実施した「101ヒアリング(101人に対するヒアリング調査)」でも、約7割の人事担当者が「思いもよらない若手の退職」を経験していました。
人事部にとっては、長い時間とコストをかけ、やっと採用した貴重な人材。管理職やメンターにしてみれば、忙しい日常業務と並行して苦労して育成したかわいい部下です。
そんな若者が、挨拶もなしに辞めていくのです。心中を察するに余りあります。
「せっかく1on1の場を設けているのに、不満があるのなら、なぜその場で言わないのか?」
1on1で決して本音を明かさないのであれば、今後も対策のしようがなくなってしまいます。なぜ、若者は本音を明かすことを避けるのでしょうか。
実際に若手社員の学歴を聞くと、ほとんどが旧帝国大学か東京工業大学の修士以上です。
全社的に男性社員の比率が高く、特に開発部門では女性が圧倒的に少ないことから、今後は女性の研究開発者にも活躍してもらうべく、女性の採用数を増やしつつ、時間をかけて彼女たちのキャリアパスに関する検討を重ねてきました。
昨今のイノベーション環境に鑑みると、研究開発者といえども、ずっと実験室にこもっているわけにはいきません。より顧客に近いところで知見と経験を積む必要があります。
そのことが、新たな研究開発のヒントになるし、そのヒントから生まれたアイデアを、いち早く顧客に示す機会を持つことは、開発者としても極めて重要なことです。
そこで、女性の研究開発者たちには、営業や企画部門の人たちとタッグを組む形でプロジェクトに入ってもらい、頻繁に顧客のもとへと訪問できるようにしました。
この会社の売上の50%以上は海外で、国際的な競争力を高めていくことこそ、開発部門の使命です。人材の多様化は当然の時代で、彼女たちにも、ぜひダイバーシティ・マネジメントとリーダーシップを身につけてもらいたいのです。
実際にプログラムを始動させるにあたり、まずは4名の女性社員から取り組み始め、具体的には、彼女たちを開発部に仮所属させた上で、6~12カ月単位で企画部や営業部を経験してもらい、再び開発部に戻しつつ、横断的なプロジェクト化を進める、という流れです。
しかし、悲報は突然に訪れ、4人中2人が、立て続けに辞表を提出したのです。しかも、うち1名は退職代行サービスを使って。彼女たちとは、十分にコミュニケーションを取ってきたとのことでした。
このプログラムは、本人たちも納得してのものだったはずだと。唯一、難色を示したのが、最長12カ月におよぶジョブ・ローテーションでした。
実際のところ、難色を示したといっても、簡単な質問が返ってきただけのようですが、そのときも、①あくまでも研修という名目で、頻繁に開発部にも出入りできるようにする、②研修の終了後は必ず開発部に戻す、といった点について、丁寧に説明したといいます。
立ち上げられたプログラムは本当に魅力的で、これを経験することで、きっと社内でも中心的な人材となれるでしょう。女性の活躍という視点からも、新たなリーダーとして、素晴らしいロールモデルとなったかもしれません。
このプロジェクトが、意識の高い人たちによって、意識の高い人たちのために作られている、ということです。
当プロジェクトの検討チームの皆さんは、辞めていった彼女たちの気質や性格をどのくらい把握できていたのでしょうか。
立ち上げられたプログラムは、(この会社にとっては)今までにない挑戦的なものです。
でも、当の4人(特に辞めてしまった2人)はどうだったんでしょうか。
今、企業内で立ち上げられる多くの新規プログラムやプロジェクトは、意識の高い人たちが作っている総じて日本企業は閉塞的で、新しいプログラムを立ち上げるには膨大なエネルギーがいります。
そんな芸当ができるのは、一部の意識高い社員やマネジャーだけです。
そして彼らは、全社員に向けてそのプログラムを発し、挑戦的で、聞くだけでワクワクするようなプログラムばかりです。しかも細部までよく練られていて、途中で破綻することがないよう、多段階のセーフティネットまで設けられています。
でもそのプログラムに応募するのは、(大手既存企業の場合)全社員の10~20%程度です。どんなに多くても25%程度まで。しかも、だいたい毎回同じ顔ぶれになります。
それ以上の応募者がいる場合、そのプログラムがそこまで挑戦的でないか、あるいは本書を手にする必要のない、ごく一部の先鋭的な企業やベンチャーのどちらかです。
今の若者は、外的な要因による自身の感情のアップダウンをとても嫌う傾向で、そんな気質を持つ若者にとって、「辞めたいって言ったら、すごい引き止めにあうらしいよ」なんて噂が耳に入った時点で、もうストレスはマックスだ。決して自分からは言い出せなくなってしまいます。
逆になぜか赤の他人を挟むと、簡単に言えてしまうのも今の若者の特徴です。
企業にお勤めの上司や先輩の皆さんが、退職という事象を前にしたショックは計り知れません。
「そう思うなら、普通に言ってくれればいいのに」ということが、普通に言えないのが今のいい子症候群の若者たちです。退職の意向を面と向かって伝えること、それをイメージすること自体が、もはや高ストレス状態なのです。
仮に、強く引き留められるようなことはないとしても、必ず理由は聞かれるでしょう。そのときに、なんて答えるべきかが極めて悩ましく、正直に答えることなどできません。
相手に申し訳ないというよりは、後々こじれる可能性は排除しておきたいのです。
ネットに、参考になるような例が載ってないか探して、「退職」と入力した段階で予測変換に退職代行が出てくるということでしょう。
こんな気持ちの流れの中に、上司や先輩に対する思いやりが入る余地はないのです。