氷河期セミリタイア日記

就職氷河期世代ですが、資産運用でなんとかセミリタイアできました。残りの人生は、好きなことをしながら自由に生きていきます。

不景気を耐える中で「いい大学・いい企業に入る」「盛大な結婚式」を幸せと思わなくなった若者の価値観

コスパが追求されるようになった要因は不景気にあり、「失われた30年」を中心に、日本の経済の停滞がコスパという概念が普及した要因であると考えます。

一方、若者を中心にタイパが追求されるようになったコンテンツ視聴方法においても、不景気が大きく関係しています。

東京地区私立大学教職員組合連合(東京私大教連)が、1都3県(東京、埼玉、千葉、栃木)の11の私立大学・短期大学に2022年度に入学した新入生の保護者を対象に行った「私立大学新入生の家計負担調査 2022年度」によれば、月平均仕送り額から家賃を除いた生活費は2万1300円でした。

ちなみに過去最高は1990年度の7万3800円で、この30年間で大学生が親からもらえる生活費は4分の1近くに減少しました。

また、JSコーポレーションが高校生を対象に行った「お小遣い額 お小遣いの使い道(2023年調査)」によれば、毎月もらうお小遣いの額は約半数が5000円以下であることがわかっています。

物価の高騰や交際費の上昇を考慮に入れると、大学生も高校生も満足のいく消費体験を求めるのならば、もらっているお小遣いだけでは十分とはいえないでしょう。

不景気により若者の消費志向も変化しています。

昭和後期や平成初期には高度経済成長やバブルの名残りもあり、「いい大学に入り、いい企業に就職する」「結婚して盛大に結婚式を開く」といった誰もが描きやすい画一化された幸せが存在していました。

親の敷いたレールがまさにこれで、世間様と比較したときに、型にはまった生活ができているということ自体が幸せととらえられていたのかもしれません。

人生のビジョンに限らず、バブル期は高級ブランド品やゴルフやスノボーといったレジャーが積極的に消費され、上司から勧められたモノを素直に聞き入れて消費していた読者もいるのではないでしょうか。

ある意味で、当時の上司は画一化された幸せを送っている身近な例であり、幸せを体現する彼らそのものが、ならって消費を行う理由になっていたのです。

しかし、Z世代のなかにはこのような価値観が必ずしも幸せにつながるとは考えない層も存在します。

バブル時代の羽振りのよさは陰りを見せ、目先の幸せだけを考慮した場合、大手企業も中小企業も若い間の給与に大きな差はなく、大手企業に入社するメリットは見出しにくくなりました。

大企業のなかには就労環境が劣悪な企業もあり、昔の企業戦士のように仕事や企業ブランドに誇りを持って身を粉にして働くことに対しても価値観は大きく変化しました。

YouTubeSNSの普及は、若者に個人事業主や転職の成功例を提示し、終身雇用制度に対して疑問を持つきっかけを与えました。

2011年にはYouTuberのHIKAKINが「HikakinTV」を開設し、当時は楽観的すぎるといわれた「好きなことで、生きていく」という信念は、今や多くのYouTuberやインフルエンサーの成功により肯定されました。

就職して、結婚し、家庭を持つという画一化された幸せ以外の、個人が個人の幸せ(やりたいこと)を追求するという価値観も広く浸透しています。

また、好景気のときはたしかに羽振りのいい上司を見て、自分もこの人のようになりたい、このまま続けていればこの人ぐらい稼げるようになる、といったように、目の前にニンジンがぶら下げられた状態が働くうえでのモチベーションとなっていたのかもしれません。

しかし、この不景気にそこまでの魅力を部下に見せつけることができる上司が減っているということも、仕事に対するモチベーションが昔と違う大きな要因なのかもしれません。

成功や達成が画一化され、イメージが描けていた時代は、なりたい姿(あるべき姿)になるために、今の自分から逆算し、その道筋(理想の自分になるためのプロセス、手段、資格など)をたどることができたが、不確実な時代にあるべき姿は描きにくいのです。

2010年代に入ると、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代といわれ、未来を見通すにはあまりにも先行きが不透明になってきます。

「あるべき姿」も消滅していき、それぞれが幸せならばいい、それぞれの価値が尊重されればいいという、画一化と相反する多様性が現れるようになったともいえるでしょう。

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