足元の経済は、“とりあえず”デフレから脱しつつあり賃金を引き上げる企業も徐々に増え、2023年の春闘は約30年ぶりの賃上げを実現しました。
一方で、最近の物価上昇は需要の増加に支えられているわけではなく原油などのエネルギー資源や食料などの世界的な価格上昇と、円安の影響による部分が大きいのです。
経済の実力(潜在成長率)が高まり、需要が増加してインフレになりつつあるわけではありません。
賃金の上昇は、人口減少・高齢化などによって労働人口が減少して人手不足が起きていることが大きいものです。
企業は、人員を確保するために、やむを得ず賃金を上げざるを得なくなった。企業の業績が拡大し、前向きな形で賃金が増えたとは言えません。
問題は、資源価格の上昇や人手不足による、物価や賃金の上昇が今後も続くかどうかで中東の緊迫化もあり、世界的にエネルギー資源や食料の価格が高止まりするでしょう。
また、急速に円高が進むことも考えにくいので、コストプッシュインフレ圧力は続き、国内経済の縮小均衡懸念が一段と上昇することが想定されます。
こうした状況が続くと、企業のコストアップ要因が増し、賃金上昇を続けることは難しくなります。
生産性を引き上げない限り、賃金上昇と物価の緩やかな上昇の循環を続けることは不可能です。
2023年9月、全国の消費者物価指数は前年同月比3.0%上昇し、生鮮食品を除く総合指数は同2.8%の上昇でした。
過去1年間、両指数の上昇率は2%を上回りました。
背後にあるのは、コストプッシュ型の物価上昇です。
近年、米中対立や新型コロナウイルス感染拡大の長期化、ウクライナ戦争の勃発など、複合的な要因を背景に世界全体でエネルギー資源や食料などの価格は上昇しました。
資源エネルギー庁によると20年度、わが国のエネルギー自給率は11.3%。農林水産省によると22年度の食料自給率(カロリーベース)は38%でした。
いずれも輸入に頼らざるを得ない。 また、わが国は長くマイナス金利政策、長期金利が一定の水準を上回らないようにするイールドカーブコントロール政策などを続けてきました(異次元緩和)。
一方、米国では22年3月以降、利上げが行なわた。国内外の短期金利の差が拡大し、一時1ドル150円を突破するほど円安が進んでいます。
このように、エネルギー資源や食料などの価格上昇と円安の掛け算によって、輸入物価が上昇。商品への価格転嫁が進み、消費者物価指数は2%を上回ったのです。
他方、賃金も徐々にではあるが上昇し、高齢化、生産年齢人口の減少による労働力供給の制約は深刻です。
人手を確保するために、企業は賃金を積み増さざるを得ません。優秀な人材を獲得するために、より高い賃金を提示する大手企業も増えています。
賃金が増えることは良いことですが、経済全体の視点で考えると、潜在成長率は1%をやや下回る程度でしょう。これを上回る賃上げを継続することは難しいはずです。
最近の物価上昇、賃金上昇のいずれも、わが国の経済の実力=潜在成長率が高まり、需要が拡大してモノやサービスの価格が上昇したわけではありません。
デフレ脱却の兆しがあり、賃金も上昇したことは確かですが、それを単純に喜ぶことはできません。
当面の世界経済の展開を予想すると、エネルギー資源、小麦やトウモロコシ、牛肉などの食料・肥料といったモノ・サービスの価格が上昇する可能性は高く、為替介入や日本銀行の金融政策の調整などによって円売り圧力が鈍化することはあったとしても、基調として円は、主要通貨に対して弱含みの展開になるでしょう。
米国では物価再上昇の兆しが出始めている要因は一つではないですが、原油価格の上昇は大きいのです。
23年末までサウジアラビアは日量100万バレルの追加減産を続け、米国では原油価格上昇を反映してガソリン価格が上昇しているし、家賃も高止まりしています。
インフレ懸念が再度、高まりつつあります。
さらにイスラエルとハマスの戦闘が勃発したことで、イランはイスラエル向けの石油禁輸を産油国に呼びかけています。
中東情勢の緊迫化は、世界の原油相場に上昇圧力をかける恐れが高いのです。
干ばつや肥料価格の上昇を背景に牛肉の価格も上昇しています。世界的に人手不足は深刻で、ストライキの増加を背景に、物流コストにも押し上げ圧力がかかります。
インフレ懸念は追加的に高まり、円はドルなどに対して弱含みを続ける可能性も高いのです。
米国以外の主要国の経済は、コロナ禍以前の状態に完全に回復したとは言いづらく、日本の景気回復は、米国に対して“周回遅れというべき状況”です。
他方、「日銀が長期金利の上限を引き上げる」「24年4月までにマイナス金利政策を解除する」などの予想は増えていますが、異次元緩和の正常化には相応の時間がかかります。
過度な円安を抑えるための為替介入の効果は、一時的で米国経済は徐々に減速に向かうだろうが、インフレ懸念の再燃を背景に、FRBによる早期の利下げは難しいでしょう。
中長期的に見ると、円に減価圧力はかかりやすく、エネルギー資源や穀物などに関して日本企業が海外企業に“買い負ける”ケースも増えるでしょう。
輸入物価の押し上げ圧力は簡単には解消されず、わが国の購買力は追加的に低下しそうです。
今後、企業は事業運営に必要な人員を確保するために、これまで以上に賃金を積み増さなければなりません。
問題は、賃金上昇を吸収できるだけの収益増加が実現するか否かです。
労働分配率が上昇する一方、資本の分配率が低下すれば、GDP(国内総生産)の成長は難しくなります。
企業にとって資材調達コスト、物流コストも増えるでしょう。人口減少によって経済は縮小均衡に向かう可能性が高いです。
労働の供給制約が顕在化する環境下、企業は生産性を上げない限り、収益を増やすのは難しく、具体的な方策として、労働力不足を補うための省人化投資があります。
工場や物流施設での産業用ロボットの導入、人工知能を用いたより効率的なオペレーションの策定などをさらに強化すべきです。
また、再エネ由来の電力供給体制の強化や省エネの技術革新、行政のデジタル化、食料自給率の引き上げも待ったなしです。
今こそ国全体で真正面から取り組み、経済運営の効率性を高めないと、コストプッシュ型の物価上昇を克服することは難しいでしょう。
また、企業にとって、高付加価値な最終商品を世に送り出すことも欠かせません。
23年上半期、中国はわが国を追い抜き、世界最大の自動車輸出国になった。中国の電気自動車メーカーBYD、あるいは米テスラの成長が目覚ましいことは言うまでもありません。
自動車に続く成長産業を育成しなければならず、容易なことではないですが、かつてのソニー「ウォークマン」のように、世界をあっと驚かせる新しいモノを創造できれば、わが国の企業の競争力は高まります。
それにより生産性は飛躍的に高まり、経済成長も促進されます。
生産性を引き上げ、経済成長率を促進しなければなりません。
根源的な問題の解決が進まない中、デフレ脱却、賃上げ機運が高まったと歓迎している場合ではないのです。