民間の会社だけでなく地方自治体が副業人材を募集するなど、副業推進の事例を目にすることが徐々に増えてきています。
副業はこれまで、タブーのように見なされてきたところがあります。学校を卒業して就職したら、その会社に生涯勤め上げるのが当然であり、副業して他の会社と接点を持つなどというのは裏切り行為のように見られる節がありました。
そんな“生涯一社主義”を美徳とする価値観の会社は、いまも少なくありません。
ところが昨今、“生涯一社主義”をよそに副業推進の事例が目に留まるようになってきたのには、大きく2つの背景があります。
1つは厚生労働省がモデル就業規則を変更したことです。副業に関してはモデル就業規則の順守事項の中に「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」と記載されていましたが、2018年1月にその一文を削除して規定を新設し「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」との文言が加えられました。
この変更によって、副業は会社の許可が要るものから、会社の許可に関係なく従事できるものへと制度上の前提が180度変わったと言えます。
そしてもう1つ大きなきっかけだったのは、19年に当時の経団連(日本経済団体連合会)会長が「終身雇用はもう守れない」と発言したことです。日本を代表する経済団体が終身雇用の維持に消極的な見方を示したことにより、会社は生涯にわたって社員を守ってくれる存在とは言えなくなりました。
これら2つの出来事は、“生涯一社主義”の価値観を根底から揺るがすインパクトがあったと思います。
そして働き手に「他の会社で自分が通用するか試してみたい」「終身雇用が無理なら転職も視野に入れておく必要がある」などの意識変化をもたらしました。
いまや新卒学生でも、入社当初から転職を考えているケースは珍しくありません。
副業についてもかつてのように隠れて行うようなイメージから変わりつつあり、副業先で活躍する様子が堂々とメディアで取り上げられるようになってきています。
日本生産性本部が発表した「第12回 働く人の意識に関する調査」によると、23年1月時点で副業を行っていた人は7.4%に留まります。一方、将来的に副業してみたいと考えている人は39.8%。働き手の希望に現実が追いついていない様子がうかがえます。
その理由は人によってさまざまだとは思いますが、少なくとも副業には3つのメリットがあります。
(1)他社での仕事を通じて技能の可能性を広げられる
(2)本業以外から付加的収入が得られる
(3)他社との接点が増えることで転職のきっかけが得られる
副業を希望する人にとっては、仕事の負担が増える大変さよりこれらのメリットの方が上回っているということです。
しかし、副業を認めたくない会社にとって、社員が他社と関わりを持つことはあまり気持ちが良いものではありません。
副業を通じて社員の心が自社から離れてしまう不安があったり、副業から転職につながってしまう可能性があったりと、会社としては社員という大切な財産が奪われてしまいます。
それこそが、“生涯一社主義”の価値観を根底から揺るがしかねない重大な意味だと言えます。“生涯一社主義”が前提だと、社員は会社にとって独り占めできる専有財産です。
しかし、副業を認めれば“生涯一社主義”の前提が崩れ、会社にとって社員の位置づけは専有財産から社会の共有財産へと変わります。
つまり裏を返せば、副業を認めない会社は“生涯一社主義”の価値観にもとづき、社員を専有財産として独占し続けたい意思を持っているということです。
ただしそれは、暗に以下を宣言していることにもなります。
(1)終身雇用をこれからも維持していく
(2)自社だけで社員に充分な給与を支払う
(3)副業人材からの支援には頼らない
社員は会社から専有財産と見なされている限り、自身が有している人材としての価値や可能性をその会社にすべて預けざるを得ません。
必然的に、他社でも通用する技能を磨いたり確認したりする機会を得られないまま年齢を重ねていくことになります。
それなのに、もし会社が終身雇用しないとしたら、社員はそれらの機会や可能性を放棄するリスクだけを負うことになってしまいます。
また、会社の専有財産として副業が認められないと、社員としては本業の給与だけに頼らざるを得ません。それなのにもし会社が充分な給与を支払えないとしたら、社員やその家族たちは厳しい生活を強いられることになります。
そして、会社が社員を専有財産とみなして副業を認めないのであれば、他社で働く副業人材に自社の業務遂行を依頼するのは筋が通らない話です。
自社の社員には認めていない権利を他社には認めさせ、副業人材を受け入れるというスタンスはフェアとは言えません。
一方で、会社が社員を社会の共有財産だと見なして副業を認めるようになった場合、副業する社員側には相応の節度が求められます。こちらも3点挙げたいと思います。
(1)本業を蔑ろにしないこと
(2)フルタイムの掛け持ちなど不誠実な対応をしないこと
(3)業務過多に陥らないこと
副業している間は、会社は社員の行動をコントロールできません。それは社員からすると自由を手にした一方で、自身の活動をコントロールする責任が生じるということです。
当然のことながら、副業に熱心になるあまり、本業を蔑ろにするようなスタンスは認められません。
また、海外ではテレワーク環境を利用するなどして、それぞれの会社には内緒でフルタイムの副業をいくつも掛け持ちするような事例が報じられています。
フルタイムの副業を掛け持ちすれば、必然的に勤務時間は被ることになります。それは、同時刻に2つ以上の会社に専有財産として拘束する権利を付与するという矛盾を生み出します。
そのような不誠実な対応は許されません。雇用契約ではなく、業務委託や請負など勤務時間を約束しない契約に変更するなど、矛盾が生じないように対処する必要があります。
さらに、たくさん稼げるからと副業をいくつも受けて業務過多に陥ると、健康を損なうことになりかねません。そうなれば、本業に悪影響が出てしまいます。
会社に見えないところでかかる業務負荷は、働き手自身にコントロールする責任があります。
崩れゆく“生涯一社主義” “生涯一社主義”の価値観は、これまで長く支配的な企業文化として根づいてきました。
会社としては長く戦力として社員に働いてもらうことができますし、社員としては生涯にわたって会社に生活を守ってもらえます。
“生涯一社主義”は、終身雇用や充分な給与支払いなど相応の役割を果たせる会社においては、社員とウィンウィンの関係性が構築できる価値観なのだと思います。
厚生労働省のモデル就業規則にあるように、会社の許可に関係なく副業に従事できるようになった訳ではなく、まだ“生涯一社主義”の価値観が残っていることが感じられます。
しかしながら、副業を原則禁止から許可制に移行したということは、“生涯一社主義”が崩れる方向へと一歩進んだことに違いありません。
それが、大きな時代の流れです。未来を見据えた時、会社は社員が専有財産から社会の共有財産へと変わっていくことを前提に、社員との新たな関係性構築に取り組んでいく必要があります。
元社員を採用するアルムナイ制度の導入や、コロナ禍における雇用維持施策として注目を浴びた会社間の在籍型出向なども、社員を社会の共有財産と見なした上で会社が新たな関係性を構築しようとする取り組みだと言えます。
副業推進もまた、それらの取り組みの一環として時代の流れとともに、徐々に広がっていくことになるのではないでしょうか。