昔から働かない人はどの職場にもいました。それは大抵、ある年齢で役職からはずれて仕事に熱中する理由を見いだせなくなった中高年層でした。
だが今、そんな働き方を主体的に選ぶ人が、特に若い世代で増えています。
こう話すのは、兵庫県の会社員の女性(53)。事務職として30年働いてきました。社会に出た頃は「仕事って楽しい」という思いもありました。しかし5年前に会社が大企業に吸収合併された頃から会社の姿勢に疑問を感じ、目の前の仕事を淡々とこなす日々です。
「上司に怒られても痛くも痒くもない。正社員でいられたらそれでいい。同世代の正社員女子ともよく話します。『さて、厚生年金のために働きますか』と」
最低限の仕事はするが、全力で取り組むことはしない。退職や転職をするつもりもないが、仕事に積極的な意義を見いださない。そんな「静かな退職」という働き方を選ぶ人が増えています。
「給料をもらうために決められたことはやる。仕事に創意工夫を取り入れることもなく、新しいチャレンジもしない。自分の職域を広げるような行動をとらないことも特徴です」
こう話すのは、働きがいのある会社研究所(「Great Place To Work Institute Japan」)代表の荒川陽子さん(44)。
「働かない人なら昔からどの職場にもいるのでは」と思いがちだが、旧来のそういう人と「静かな退職」には大きな違いがあるといいます。
「ある年齢で役職から外れて仕事に熱中する理由を見いだせなくなるといった『ぶら下がり社員』は昔からいます。日本型の雇用システムが『生み出した』存在ですが、『静かな退職』がそれと大きく違うのは、自分から主体的にその働き方を選んでいる点です」
「プライベートを充実させたいので極力仕事はしない」という理由や、「自分の仕事は報われない」という思いから「一生懸命仕事をするのをやめる」ケースが多いのだといいます。
同社が今年1月に行った調査でも、「静かな退職」のメリットとして「プライベートの時間が確保できる」を選んだ人が半数近く。また年齢別にみると、中高年以外に若手(34歳以下)が約3割を占めているのも目を引きます。
「いまの職場で仕事への熱意が失われてしまったとしても、自分の成長のためなら転職というチャレンジもできるはず。熱意はないままに『いまの職場にとどまる』のは自分の可能性に蓋をしているということ。そんな若い世代が3割もいて、かつじわりと広がりを見せているというのは日本社会にとって由々しき事態だと、私は思います」
今回、「静かな退職」についてアエラが行った読者アンケートにはさまざまな年代から意見が寄せられました。
そこで東京都の会社員の女性(30)は、「静かな退職には共感できる」として、こう書いています。
「やる気のない上司、働かない先輩を見ていると自分が頑張るのが馬鹿馬鹿しいと思えるときがある」
「仕事を頑張っても給料が増えるわけではない。会社の仕事だけでスキルが上がるわけでもない。最小限の仕事でプライベートを充実させ、副業で稼いだりするほうが理にかなってる」
こういった傾向は、企業側にとっては発展のために投資できる人が減ってしまう機会損失のデメリットが大きいと危機感を持ちます。
「1月の調査では『静かな退職』をいつから始めたかという問いに対し、71%もの人が『働き始めてから』と回答しています。
つまり、希望に満ち溢れて入社してきても報酬や周囲の評価などの点で報われないという思いを強めるなど、きっかけが『入社後に』起きている。ここも問題です」
では企業に、何か「対策」としてできることはあるのでしょうか。
若者パラダイスの日本で、静かな退職が広がるのはある意味、当然です。
少子化が長く続き、かつ人手不足の日本。企業にとって若者は、入社して、その後も辞めずにいてもらわないと困るダイヤモンドのような存在です。
『静かな退職』をこれほど若者が選びやすい国はないでしょう。全体の多くが若者ではないか。ただ同じ若者の中にも格差があります。
マイノリティーに『トー横キッズ』など深刻な問題がある一方、『静かな退職』は同情する必要のないマジョリティーの若者の話だと思います。
企業がすべきは、「売り手市場の中、若者の方が圧倒的強者だと理解することです。
20代の新入社員にも年収1千万出せるなら別です。出せないなら、若者に合わせるしかない。上司の背中を見て学べとか、社風に染まれなんていまだに言ってるからうまくいかないんです。若者に媚を売りなさい。売れないなら潰れなさいと。
やりようはいくらでもあります。たとえば企業の中には『推し活休暇』を設けるところも増えている。給料は上がらずとも、『この会社はわかってる、プライベートを応援してくれるんだ』となるわけです。
あるベンチャー企業は女性社員に対して美容代を毎月1万円出しているといいます。
ネットフリックス代を補助している会社も増えているとか。
こういうのは若い世代にめちゃくちゃ刺さるんです。昔だったら『課長にしてやる』とか『経費使って飲みに連れていってやる』というのが若手社員の前にぶらさげる『ニンジン』でした。
そうじゃなくて今のZ世代を会社側がもっと深く理解し、彼らに合わせたニンジンを作りなさい、という話です。『静かな退職』なんて言って憂えてるだけでは令和の時代は生き残れません。