政府は9月13日の閣議で「高齢社会対策大綱」の改定を決定しました。6年ぶりに改訂された大綱は、窓口負担が3割の「現役並み所得」の判断基準について見直しの検討を進めると明記しました。
岸田首相は「すべての世代が『超高齢社会』の一員として希望が持てる未来を切り開けるよう着実に施策を実施してほしい」と指示しています。
高齢社会対策大綱の15ページには「持続可能な高齢者医療制度の運営」と記され、判断基準の見直しについて「年齢に関わりなく、能力に応じて支え合うという観点から、2028年度(令和10年度)までに実施について検討することとされていること等を踏まえ、現役世代の負担が増加することや、2022 年(令和4年)10月に施行された後期高齢者医療制度における窓口負担割合の見直し(一定以上所得のある者への2割負担の導入)の施行の状況等に留意しつつ、検討を進める」と明記しています。
75歳以上の医療費窓口負担は原則1割で、一定の所得があれば2割となっています。3割となっている「現役並みの所得」の人は、課税所得額が145万円以上の被保険者が該当します。一人暮らしならば年収が383万円以上の人が対象です。
単純計算で月30万円程度の所得がある人はまだ良いかもしれませんが、さらに対象を拡大するというのだから驚くしかありません。
後期高齢者も保険料や税金を払い、賃貸物件に暮らしている人もいます。その中で3割負担の対象者拡大は、一部の人にとって重くのしかかる可能性があるでしょう。
首相の座を退くと表明した岸田首相(自民党総裁)が重要な大綱を決定していることにも違和感があり、河野太郎デジタル相や高市早苗経済安全保障相、林芳正官房長官らは現在も閣僚ですが、9月末に誕生する次のリーダーを前に手を縛ってしまっても良いのかという疑問です。
誰が首相になっても変わらないよ、ということかもしれませんが、それならば官僚が決めた原案を自民党議員が容認しているだけに過ぎず、メディアジャックをしてまで自民党総裁選を展開する意味もありません。
驚いてしまうのは、3割負担の対象者拡大に向けた“背景説明”です。
大綱では「我が国の平均寿命は世界で最も高い水準となり、高齢者の体力的な若返りも指摘されています。
また、65 歳以上の就業者等は増加し続けており、その意欲も高い状況にある」と説明。
その上で「このような状況を踏まえれば、65 歳以上を一律に捉えることは現実的ではない。年齢によって、『支える側』と『支えられる側』を画することは実態に合わないものとなっており、新たな高齢期像を志向すべき時代が到来しつつある」と指摘し、最近の高齢者は元気な人が多いのだから一律で判断する必要はないと言っているのです。
つまり、年齢によって隔てるのではなく、それぞれの状況に応じて「支える側」にも「支えられる側」にもなる社会を目指すと強調しています。
さらに、国は高齢期においても希望に応じて経験や知見を活かして活躍できるよう雇用環境を整備するため、スキルアップやリ・スキリングの機会の提供、仕事内容や働きぶりに合わせた賃金体系などのアウトプットに基づく評価や処遇の仕組みが必要と指摘。
企業の取り組みを後押しするため、高齢者の活躍に取り組む企業への専門家派遣や助言を進めるという。
また、65 歳以上の定年延長や66歳以上の継続雇用制度の導入などを行う企業を支援するとともに、高齢者の雇用に関する助成や給付制度などの有効活用を図るとしています。
大綱を読んで思い出したのは、バブル期の1989年に新語・流行語大賞(流行語部門)で銅賞に選ばれた「24時間、戦えますか」という栄養ドリンクのCMです。
働く意欲があり、元気な高齢者は良いですが、加齢が進めば足腰は弱まり、病気となる人も多いはずです。
率直に言えば、政府が決定した大綱は「あなたは何歳まで働けますか」と問うているように感じます。
我が国の総人口に占める65歳以上人口は年々上昇し、 2023年時点で29.1%となった。2025年は「団塊の世代」が75歳以上となり、2030年代後半には85歳以上人口が初めて1000万人を超えると予測されています。
少子化の影響で2070年の高齢化率は38.7%に達する見込みで、超高齢社会の到来、少子化の進行で生産年齢人口は2040年までに約1200 万人減少すると見込まれ、労働力そのものや地域社会の担い手不足も懸念されています。
平均寿命が延び、高齢者の体力的な若返りも指摘されているのかもしれませんが、それらを理由に新たに高齢者を分断するような方針はどうなのでしょうか。
それならば、率直に「持続可能性を確保するためには、国のお金が足りないかもしれないのでアップさせてください」と言ってくれた方がマシです。
それにしても、最近は国民負担増の話が相次いでいるように思えます。
防衛費大幅増に伴う増税や社会保険料アップ、さらには国民年金の保険料納付期間の延長といった話もありました。
現在は20歳から60歳まで40年間、保険料を納めれば国民年金を月額約6万8000円受給できますが、政府は納付期間を5年延ばして65歳にすることも検討しています。
国民年金の保険料は月に約1万7000円で、年間にすれば約20万円だ。5年延長されれば約100万円も増える計算になります。
働けど、働けど年金の満額受給できる期間が延ばされ、後に受給額がいくらになるかのゴールポストも動かされるでしょう。
少子化で保険料の負担者が減少し、高齢化の進行で年金受給者が増加していけば国の財政が悪化するのは明らかです。ただ、最近の高齢者に対する仕打ちの数々はあまりに残酷に感じてしまいます。
そもそも、2004年の公的年金制度改革では「100年安心年金」とうたっていたのではないでしょうか。
それに基づいて厚生年金の保険料率引き上げや国民年金の保険料アップなどを打ち出していたはずです。
それから20年で「やっぱり足りないかも」と言われても、国民からすれば「最初からわかっていたよね」としか言いようがありません。
物価上昇の荒波で人々が苦しむ中、増税や社会保険料アップをはじめとする国民負担増のニュースが流れ続ければ、とても消費が上向いていくとは思えません。
経済が縮小すれば税収は落ち込み、さらに不足分の負担増につながるという「負のスパイラル」も浮かびます。
中国の国営新華社通信によれば、中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)は9月13日、労働者の退職年齢を15年間かけて3~5年引き上げることを決定しました。
中国は労働人口の減少を踏まえ、現在は男性60歳、女性50歳という定年を2039年までに男性63歳、女性55歳に延長するといいます。
年金保険料を支払う期間は15年から20年に引き上げるとしています。
このニュースを見た時の率直な感想は「えっ、中国より悲惨なのか」です。退任すると決まっている岸田首相が最終盤で出してきた国民負担増です。
もはや批判されても、どんなに支持率が急落しても関係ないと思っているのかもしれませんが、これだけ重要なことを次の首相を決める自民党総裁選の最中に決定すべきではないはずです。
総裁選に立候補した9人には、後期高齢者の医療費窓口負担を含めた将来の社会保障像を議論し、それぞれゴールポストを明確に示してもらいたいものです。