アルバイトやパートなど、非正規社員に向けられるイメージは「雇用が不安定」「立場が弱い」「低賃金の代表」――など基本的にネガティブです。
ところが、正社員の仕事が見つからないため不本意ながら非正規社員として働くのではなく、自ら望んで非正規を選ぶ「あえて非正規」が増えていると言われています。
かねて、働き手は正社員を望むものと思われてきただけに、あえて非正規の増加は不思議な現象と映るかもしれません。
しかし、あえて非正規の増加をめぐっては、さまざまな誤解があります。また、その陰に潜んでいる由々しき問題もあります。
あえて非正規が増えたと言われるようになったきっかけは、総務省が発表した労働力調査です。2023年と5年前の2018年、10年前の2013年とを比較してみると、非正規社員の数は、23年時点で18年と比べて4万人上昇、13年と比べると218万人上昇しています。
その中であえて非正規が増えたとされるのは、非正規社員として就業している人の理由に変化があったためです。各年における非正規社員の割合を、その理由ごとにグラフ化すると、 顕著に増加しているのが「自分の都合のよい時間に働きたいから」で、2013年と2023年を比較すると10.9ポイント上昇。
一方、顕著に減少しているのは「正規の職員・従業員の仕事がないから」で、10年前からほぼ半減しています。
つまり「正規の職員・従業員の仕事がないから」というネガティブな理由で就業している不本意型非正規社員は減り、「自分の都合のよい時間に働きたいから」というポジティブな理由で非正規社員を選んでいる本意型が増えています。それが、あえて非正規が増えたと言われる理由です。
さらに「正規の職員・従業員の仕事がないから」という理由で非正規雇用で就業する人の比率を、年齢階層別に比較してみると、15~24歳、25~34歳で下降幅が特に大きいことが分かります。35歳以上の層は下降幅が10ポイント未満で年齢層が上がるにつれ幅は小さくなりますが、全ての層で比率が下降していることが分かります。
そのため、あえて非正規が増加した原因は、若年層を中心に正社員志向が薄れるなど働き手の価値観が変化したことにあると言われます。確かに時代とともに価値観が変化している可能性はあるものの、あえて非正規の増加原因は価値観の変化だ、と断定すると誤解を招きます。
非正規社員として働く理由のトップは、2013年以降ずっと「自分の都合のよい時間に働きたいから」であり、2番目の理由も「家計の補助・学費等を得たいから」で変わりません。一方「正規の職員・従業員の仕事がないから」というネガティブな理由はずっと3番目以下です。
非正規で働く人の価値観はもともと多様であり、あえて非正規は以前から多かったのです。非正規社員にネガティブなイメージがつきまとっているのは、正社員になりたくてもなれない不本意型の非正規社員の悩みが深刻で、社会問題として認識されてきたことが大きな要因の一つだと思います。
そのためクローズアップされやすく、非正規社員全体のイメージが不本意な働き方というイメージとひも付けられてきた面があります。
ところが、2023年になると「正規の職員・従業員の仕事がないから」という理由は、「家計の補助・学費等を得たいから」などに抜かれ、非正規として働く理由の5番目にまで下がりました。全体の傾向として、あえて非正規がこれまで以上に増えていること自体は間違いありません。
背景には、正社員就業率の変化があります。図表2の時と同様に、15~24歳の層については学生を除いた上で年齢階層別に正社員就業率を算出したグラフをみると、「正規の職員・従業員の仕事がないから」の比率が顕著に下降していた15~24歳と25~34歳の層で、正社員就業率が着実に上昇してきていることが分かります。
2013年と比較すると、35~44歳と45~54歳でも若干の上昇が見られますが、その値が2.0と1.8ポイントであるのに対し、15~24歳の上昇幅は8.6ポイントと4倍以上、25~34歳でも5.0ポイントと2倍以上です。 図表3を踏まえると、特に34歳以下の正社員就業率上昇が寄与して、反比例する形で不本意型非正規社員の比率が減少していった様子が浮かんできます。
非正規社員として働く理由として「正規の職員・従業員の仕事がないから」を挙げた比率は、2013年から2023年までの間に3番目から5番目へと下がりましたが、正社員の数は2013年から2018年の間に182万人、2023年までの間だと312万人増えています。
そこで、増えた正社員の就業者数を「正規の職員・従業員の仕事がないから」と回答した人の数に足して再度比率を算出してみると、「正規の職員・従業員の仕事がないから」の比率は2013年の17.9%から上昇し、2018年以降は「自分の都合のよい時間に働きたいから」に次いで2番目に高い理由となりました。
つまり、この10年の間に「正規の職員・従業員の仕事がないから」と回答した人が減少した数以上に、正社員就業者の数が増加したということです。
以上から「正規の職員・従業員の仕事がないから」を理由に非正規社員として働く人の比率が減少したのは、働き手の価値観が変化したというよりも、正社員になってその希望が満たされた人が増えたことが大きく影響していると考えられます。
さらには、正社員の中にも、職場から強い束縛を受けることなどが負担で辞めたいと考えながら就業している不本意型正社員が一定数います。
それが、有効求人倍率が1倍を上回り続け、人口減少が相まって売手市場になったことや、失業率が安定的に3%を下回り続けて失業の心配が薄れてきたことなどから、思い切って非正規社員へと移りやすくなった面もあるかもしれません。
働き手の価値観はもともと多様だったものの、個々の価値観に沿った働き方を選ぶ難易度は高いものがありました。それがこの10年で労働市場が変化し、正社員を望む者は正社員に、非正規社員を望む者は非正規社員により就きやすくなり、徐々にではありますが誰もが望む働き方を選べる環境へと近づきつつあるように感じます。
ただ、この流れ自体は望ましいことに違いないものの、あえて非正規の比率が増えている陰に隠れた由々しき問題があります。先に見た通り、「正規の職員・従業員の仕事がないから」の比率は34歳以下だと2桁以上下降していますが、35歳以上の層では下降幅が1桁にとどまり、年齢層が上がるにつれて下がり幅が小さくなっていきます。
一方、正社員就業率はそれに反比例するかのように34歳以下の上昇率が高く、35歳以上は低くなっています。さらに45歳以上は正社員就業率が70%を切っており、55~64歳は上昇幅こそ3.6ポイントと高めではあるものの、定年年齢をまたぐこともあってか50%台に留まっています。
65歳以上にいたっては正社員就業率が30%にも届かず、この10年の間に下降してしまいました。
日本の労働市場全体を見渡すと、あえて非正規が増加傾向にあり、自らが希望する働き方を選べるようにはなっていたとしても、恩恵を受けているのは34歳以下の若年者に偏りがちです。特に45歳以上の層で見劣りします。あえて非正規が増えている陰には、表立っては見えにくい“年齢の壁”が潜んでいるようです。
正社員就業率が低く抑えられている45歳以上の層も含め、望ましい働き方を選択しやすくしていくには、大きく2つのポイントがあります。1つはL字カーブなどと呼ばれるように、結婚や出産を機に女性の正社員就業率が下降しはじめ、年齢の上昇と反比例しながら減少し続けていく状況を改善することです。そのためには職場はもちろん、家庭内に残る性別役割分業にもメスを入れる必要があります。
そして、もう1つは“働かないおじさん問題”などと揶揄(やゆ)されるように、年齢が上がっていくにつれ、やがて給与が能力を追い越してしまうことがある年功賃金の仕組みから脱却することです。年齢ではなく職務内容にひも付いた給与体系に変えていくことが、解決策の一つとして考えられます。
それはまさに、いまは名前ばかりが独り歩きしている感があるジョブ型雇用が持つ特徴です。45歳以上の正社員就業率を向上させるには、解雇規制を整えるなどしてジョブ型雇用も機能するよう法制度の整備を図ることも有効な施策となるのではないでしょうか。
また、かつて物議をかもした45歳定年制は、定年年齢の前倒しと解釈されて非難を浴びました。定年という言葉を用いたことは間違いだと思いますが、45歳を一つの節目としてメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ切り替えられるようにするなど、一定の年齢を機に新たなキャリアの選択肢を設ける意図と解釈するならば、いまこそ検討すべき施策だと言えるのではないでしょうか。