帝国データバンクと東京商工リサーチがまとめた2024年上半期の企業倒産件数によれば、半期で5000件近くに上り、物価高に加えて求人難、人件費高騰などによる人手不足倒産も増えてきているとのことです。
企業もそうならないようにできる限り採用時の条件を良くしたり、シニア層の定年を延長したり待遇を改善したりして、なんとか人を繋ぎ止めようと必死になっています。
実際、新卒者の給与水準は年々改善されていますし、定年を迎えても雇用延長は当たり前、それどころか正社員の定年を70歳まで延ばして給与水準を維持する企業も出るようになりました。
こうした雇用環境の改善は働くものにとって喜ばしいことではあるのですが、若手とシニアの間の中堅世代が置き去りになっている感は否めません。そしてこの層は、常に雇用の面で苦境に立たされ続けた世代でもありました。
この世代が生まれたのが1970年代から80年代初頭。当時、日本経済は第一次、第二次オイルショックを経てなお成長軌道にありました。
プラザ合意*後の円高不況などもありましたが、得意の自動車、家電に加えてハイテク産業も花開き、ハーバード大学のエズラ・ヴォーゲルが『ジャパンアズナンバーワン』を著したのもこの時代でした。
頑張れば報われる。そう教えられたこの世代の人々が社会に出たのは1990年代。そこで、身をもって社会の厳しさを知ることになります。
冷戦の終結、さらにバブル崩壊。日本は30年にわたるデフレの時代に入りました。既得権の打破、政治改革、構造改革、様々なスローガンが躍りましたが、この時代から日本は長きにわたる低迷を続けます。
成長がストップしてしまい、不安にさいなまれるとき、誰もが手元にあるものを必死に守ろうとします。経済面で見れば、土地や建物といった資産や収入源である仕事がそれにあたるでしょう。
あの90年代において、社会を動かす50代、60代だった団塊の世代の多くにとっては、それが「正社員」というステータスだったのかもしれません。これを維持しようとした時、犠牲になったのは社会に出たばかりの若者たちでした。
今、中堅を迎えている世代、「就職氷河期世代」です。 経済成長がストップしてしまった以上、会社は大きく成長しません。正社員の数は限られますし、そもそも正社員を養うコストも会社は削りたい。
すでにいる団塊の世代の正社員については雇用は温存しながら賃上げはほとんど行わず自然減でコストを減らし、一方で本来であれば新陳代謝すべきところに入ってくる新入社員をできる限り絞りました。
あるいは、コストを圧縮できて業績のよしあしに応じて募集も解雇も容易な正社員でない形での採用が増えました。 折しも、派遣法の改正で製造派遣など業種・職種の拡大が行われ、企業経営者からすると派遣社員の使い勝手が格段に良くなったところだったことも、こうした流れに拍車をかける要因になりました。
なお、この場合の使い勝手とは、コストを抑えて働き手を確保できるという経営者側から見ての「使い勝手」です。
いずれにせよ、正社員の門戸は狭まりましたがゼロではなかったので、上の世代は正社員になれず進路に悩む若者たちに対し「自己責任」「努力が足らない」などと非常に冷たくあたりました。
当時、氷河期世代の親たちは団塊世代でなんとか雇用を維持された正社員でしたから、実家から出て独り立ちすることも金銭的に難しかった若者はそのまま実家に居残りました。これを「パラサイト・シングル」などと揶揄するように報じたメディアも多くありました。
年を重ねた現在も同じように「子ども部屋おじさん(こどおじ)」などと揶揄する向きもあるようですが。 一方、非正規で採用された人たちはスキルアップをしようにも、日々の労働で精一杯。正社員と違い、勤務先の金銭面、時間面、福利厚生面でのバックアップも心許ない中で時間だけが過ぎていきます。
そのうちに2006年、07年あたりの時期には、リーマンショック前のつかの間の好景気を迎えますが、その恩恵は一世代下の新卒者にわたり、わずかな転職のチャンスをつかんだ人間以外は社会から忘れられた存在となりました。
新卒で正社員として採用されたか非正規だったかなど、社会に出た年のわずか1年、2年の差で残酷なほど就職活動の苦労の度合いが異なることがこの世代の特徴です。
そしてリーマンショック、民主党政権。超円高で中間層以上は海外の品物が安く買え、海外旅行も身近になりましたが、企業は生産拠点を次々に海外へ移転させ、国内の就職先が消えていきました。
「派遣切り」が流行語になるような状況に最も翻弄されたのが、他でもない就職氷河期世代の非正規労働者たちだったわけです。
社会に出てすぐ、そして2010年代初頭と2度にわたって経済失政の波をもろに被ったこの世代が、現状を打破する経済政策、アベノミクスを掲げた第二次安倍政権に期待したのは自明の理でした。
積極的金融緩和や財政支出でデフレーションを払拭し、規制緩和などで産業を育てることを目指した。 当時、普及しだしたTwitter(現X)などを中心に「ネトウヨ(ネット右翼)」という言葉を多く目にするようになり、若者の右傾化が問題だと言われましたが、この世代の安倍政権支持の根幹はイデオロギー的な傾倒よりも経済政策にあったのではないかと思います。
これを、第二次安倍政権の首相官邸で要職を占めていた元高官に言うと非常に驚かれ、そうだったのか! という顔をされました。
この元高官も1980年代に霞が関に入ったキャリア官僚。マクロ経済政策がここまで雇用や賃金といった国民生活に影響するということを、90年代以前にすでに社会人になっていた方々は実感としてご存知ないのかと思いました。
もちろん、民主党政権にも「デフレ脱却議連」などマクロ経済政策で経済を回復、成長させ、雇用を確保する政策を志向する人たちもいました。しかし、政権中枢、特に菅直人、野田両政権はむしろ真逆の消費税増税に走り出し、氷河期世代の失望を買いました。
自民党は消費税増税を決めた3党合意の当事者なので同じように失望されてもおかしくありませんでしたが、第二次安倍政権は消費税増税に対して懐疑的なメッセージを発信していたので、この政権ならば消費税増税を回避して経済を浮揚してくれるのではないか? という期待感がありました。
マクロ経済政策を打ち出して景気回復を訴える姿は今までの各政権にはなかったものでした。 それまでは、どこどこに予算をつけるというタイプのものか、どこどこの予算を切り詰めます、改革しますという、ミクロな政策を大きく見せるタイプが主流。
2009年に民主党が政権を奪取した時のマニフェストの1つにガソリン税の暫定税率の廃止減税を掲げ、「ガソリン値下げ隊」がメディアで大きく報じられていたのは記憶に残るところです。
対照的にアベノミクスは大規模な金融緩和と機動的な財政出動、そして民間投資を喚起する成長戦略の三本の矢によって物価を上昇させて失業率を下げ、経済の好循環に繋げていくというマクロ経済政策の道筋を示しました。
何度も言いますが、この経済政策への期待感こそが当時の若年層が安倍政権を支持した原動力であったと今も私は思っています。特に、アベノミクスの初期は期待とともに経済も着実に上向いていました。
しかし、3党合意によって予定されていた消費税の5%から8%への増税で雲行きが怪しくなり、それ以降はジワジワと成長したものの当初想定していた2年で結果を出すというところには到底及びませんでした。
その後、2度の延期を経て消費税を8%から10%へ増税。経済が落ち込んでいたところにコロナ禍がやってきて、世界経済全体が大きく落ち込み、すべてがリセットされたかのようになりました。
就職氷河期世代はずっと「自己責任」の名の下に政策的な手当を受けられずに来ました。個別に生活保護などの福祉を受けることはできましたが、この世代が社会に出るにあたって被った不利を再就職やスキルアップで支援する政策パッケージが打ち出されたのは、2019年になってからでした。
スキルアップのための教育を受けるのに補助を出したり、試用で雇用する企業に対して補助金を出す、あるいは公的セクターで氷河期世代に絞った職員募集をするなどを3年間の重点期間を設けて集中的に行うというものでした。 当時、氷河期世代は30代半ばから40代。
安倍官邸の幹部と、このまま氷河期世代を放置すると大量の無年金・無保険者が出かねない。今でも遅いぐらいだが、対策した方がいいといったことを議論していたのを思い出します。 さて、その念願の政策パッケージは、残念ながらあまり注目されないまま重点期間の3年間を経過してしまいました。
そうです。コロナ禍です。 スキルアップ教育を受けようにも教育機関が密を回避するために休業、あってもリモート授業。企業や公的セクターは新たに人を採用している場合ではなく、事業を継続することすら厳しい事態に。
そんな状況で重点期間の半分以上がほとんど何もできずに終わり、その後フォローアップ期間が設けられました。
内閣官房の就職氷河期世代支援推進室が2023年5月に出した資料によれば、不本意非正規雇用労働者が期間中7万人減、正規雇用労働者は8万人増だったそうです。ただ、無業者は40万人前後で横ばい推移ですから、まだまだ課題は多いことがわかります。
こうして、就職氷河期世代は政策的な手当や好景気の恩恵をほとんど受けることなく間もなく50代に差しかかろうとしています。