日本の賃金が伸びない基本的な原因は、生産性の高い分野で就業人口が減少し、低い分野で増加していることです。
将来を展望すると、賃金の伸び率はほとんどゼロにまで低下し、この状態を変えるには、デジタル化を進め、就業者の産業間移動を促進する必要があります。
2023年の金利・為替・物価・賃金 生産性が上昇しないから賃金が上がりません。
日本の賃金が上昇しないことが問題になっており、連合は今年の春闘で5%を超える賃上げを要求するとし、経団連は「賃上げは企業の社会的責任」だといいます。
しかし、賃金は掛け声だけで上昇するものではありません。なぜ賃金が上昇しないのか、その原因を究明し、対策を講じることが必要です。
日本で賃金が上がらない基本的な理由は、生産性が上昇しないことです。ここで、「生産性」とは、就業者1人当たりの付加価値を指します。付加価値とは、売上高から原価を差し引いたもの(粗利益)にほぼ等しいのです。
付加価値は、賃金を支払う原資になり、付加価値の中での賃金の比率(賃金分配率)は、生産の技術的関係によってほぼ決まるので、ほぼ一定です。
したがって、就業者1人当たり付加価値(生産性)が、賃金の動向を決めることになります。
なお、すべての部門の付加価値を合計したものが、国内総生産(GDP)です。
以下の分析に用いるデータは、「2021年度国民経済計算」の経済活動別国内総生産と就業人口数」(暦年計数を用いる)。
なお、国民経済計算で「保健衛生・社会事業」と呼んでいる部門を、ここでは、もっと分かりやすく、「医療・介護」と呼びます。
この分野は、労働力統計の「医療・福祉」とほぼ同じです。
生産性は、産業によってかなりの差があります。産業別の生産性と就業者(2021年の値と伸び率) 製造業の生産性が高いです。しかし、この分野の就業者数は減少しています。
専門科学技術は、その名称からすると生産性が高いように思われますが、実際には、残念ながら高いとはいえません。
生産性が高い業種として、金融業と情報通信業があります。ただし、これらの分野の就業者数は少なく、また、その伸び率も低いのです。
医療・介護分野は、就業者数の伸び率は高いのですが、生産性が低く、生産性の成長率がマイナスになっています。
経済全体の生産性が伸びない大きな理由は、生産性の低い産業の就業者が増加している半面で、生産性の高い産業の就業者が減少していることです。
以上のデータを用いて、将来を予測してみると、まず、産業ごとに、就業者数と生産性について、過去の伸び率が将来も続くと仮定して、2022年以降の値を推計します。
そして、就業者数と生産性の積として、各部門のGDPを計算します。
就業者数と生産性の伸びは別の要因で決まると考えられるので、このように別々に推計する方が、各部門のGDPを単純に外挿するよりは正確な予測ができるはずです。
就業者の伸びは、需要側の条件を反映していると解釈できます。需要が増えれば、それに応じて供給を増やすため、企業は就業者を増やすからです。
それに対して、生産性の伸びは、供給側の条件を反映していると考えられます。企業が新しい技術を活用すれば、効率的に供給できるからです。
医療・介護分野の就業者数は、2040年において1751万人になる。製造業の2倍を超え、医療・介護は日本最大の産業になります。
現在の我々の感覚からすると、これは、異様としか言いようのない産業構造です。
しかし、過去の就業者増加の趨勢が将来も続くと仮定すれば、このようなことになるのです。
すでに述べたように、就業者数の伸びは、医療・介護に対する需要増加の反映であることを考えれば、この仮定は自然なものであり、少なくとも第一次近似としては受け入れざるをえないと思われます。
なお、「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省、2018年5月」)によると、2040年において、医療、福祉分野の就業者数は1065万人です(この分析における「医療、福祉」も、労働力統計における「医療、福祉」と同じ)。
厚生労働省の推計は、過去の伸び率に比べて、伸び率が低下すると考えていることになり、果たしてそうなるでしょうか?
産業計について見ると、2021年から2040年の期間において、GDPの年平均伸び率は0.94%となります。
しかし、従業員数が年平均0.92%で増加するので、生産性(就業者1人当たりのGDP)の年平均成長率は、0.26%にしかならない。つまり、年率1%の賃上げも期待できません。
このように、過去の期間に比べて、賃金の伸び率は低下することになります。
こうなる大きな原因は、製造業就業人口が減少する半面で、医療・介護の人口が増えるからです。
専門科学技術の従業員数は増えるのですが、生産性の水準があまり高くありません。
なお、生産性が高い分野として、情報通信があります。
しかし、この部門の就業者数は少ないので、経済全体の生産性に対してあまり大きな影響を与えることができません。
金融も生産性が高いですが、就業者数は減少しており、生産性の伸び率もマイナスになっています。
医療・介護分野での需要は今後も増大することから、この分野での就業人口が増えることは避けられません。
その生産性を上昇させることが重要であるため、リモート医療を積極的に導入する必要があります。
その他の産業についても、デジタル化を進めることによって、現在は生産性が低い産業の生産性を高めることが必要です。
経済全体の生産性を高めるためのもう一つの重要な施策は、生産性の低い産業から高い産業への就業者の移動を図ることです。
生産性が高い分野としては、高度専門分野や情報通信分野が考えられるが、それだけではありません。
宿泊飲食業の生産性はきわめて低く、他産業への就業者が移動すれば、日本経済の生産性は上がります。
この分野では、コロナ禍で大量の休業者が発生しました。
しかし、雇用調整助成金で3年間にわたって給付を続け、労働の移動を妨げました。
それどころか、支援を受けた(おいしい思いをした)飲食店の一部はすでに倒産しています。つぶれる予定の飲食店まで税金をバラまいたワケです。
雇用調整助成金に関しては、不正請求が問題とされています。確かにそれは問題なのですが、もっと大きな問題は、経済の生産性向上を阻害したことです。