FIRE願望を持つ若者が増えているとされていますが、「単身世帯増と結びつくと人手不足が加速し、インフレ圧力になる」とのレポートが話題を呼んでいます。
FIREとは「Financial Independence, Retire Early」の略で、経済的に自立して早期リタイアすることを指します。
独り身を続けているとカネを稼ぐために「会社に滅私奉公」する意欲を失い、今後、中高年で働かない単身世帯が激増する可能性があります。
FIRE願望と人手不足を結びつけるというユニークな視点が話題を呼んでいます。なぜ、このテーマで書こうと思われたのでしょうか。
FIREしたい人間であることと、少子化を議論する文脈で「非婚化」が注目されることはあっても、「単身世帯の増加」という観点ではあまり議論されない傾向にあったことがきっかけです。
単身世帯の増加理由は、結婚しない人が増えたことにあります。実際、総世帯に占める単身世帯の割合は2050年に約45%にまで上昇すると見込まれています。
多くの結婚適齢期世代が結婚をしないという選択肢を取ると、今後数十年にかけて50~70代の単身世帯の割合が激増することが予想されます。
単身世帯がこれだけ増えているのにもかかわらず、政府が踏み込んだ議論を避けている理由は分かりませんが、労働力や購買力など、マクロ経済の需給両面に大きな影響を与えることは確実です。
「単身世帯が増えていることそのものを議論したい」という動機が最初にあり、それに近年話題になっているFIREをかけたら面白そうだと思い、レポートを書きました。
単身世帯が増えると、なぜFIRE願望を持つ人も増えるのは、単純に、生きていくためのお金がそれほどかからなくなるからです。単身世帯は、典型的な2人以上の世帯とは異なる経済行動をとると考えられます。
単身世帯は、一生のうちに必要なお金、「人生所要金額」が低く、FIREに対する潜在的願望を持つ可能性が高いからです。
人生所要金額に影響する典型例は子育てにかかる費用。子どもひとり当たり3000万円程度が浮くため、その分だけ生涯獲得しなければならない費用が減ります。
さらに、死後子どものために遺産を残さなければならないという「遺産動機」もなくなることから、自分の人生で使い切れないほどの貯金をする必要もありません。
そうした点も含めて将来のマネープランを考える中で、FIREを現実的な選択肢として意識するようになると、30代など若いうちから株取引などのリスク性資産を増やす行動に出るようになる可能性が高いです。
具体的にはFIREを意識しつつ、株式投資をしながら配当金をコツコツもらい、長期的なキャピタルゲインを狙う、という生き方です。
実際、現在においても50代の「未婚単身世帯」は有業率が低いのです。人間は基本的に、自分が食べるためだけなら、長時間のストレスフルな労働はしないことが分かります。
単身世帯は、無理に働きたがらないものです。
ただでさえ高齢化で労働者が不足している社会において、単身者がFIRE願望を持ち始めるとどうなるでしょうか。
労働力のプールが減ることから賃上げが盛んになります。労働力不足が、インフレ圧力になり得る、というシナリオです。
FIREするのに、金額ベースで言えば、どれくらい必要かは、生活水準によると思います。それほど贅沢するつもりがなければ、50歳時点で1億円あれば、現実味が出てくるのではないでしょうか。
持ち家があって、将来ある程度の年金を受給できれば、という条件付きですが。
一方で、FIREはインフレに弱い生き方であることも事実です。FIREという言葉が市民権を得たのは2010年代後半ですが、昨今、物価高が世界中で進行しています。そうした中では、はたして仕事で稼いだお金と株取引で運用した金融資産だけで「逃げ切る」ことができるのか、不透明ではあります。
実際、単身世帯が増加し、人手不足が今よりも顕著になってきたとき、マクロ経済にはどんな変化が訪れると分析すると、人手不足が構造的なインフレ圧力になる可能性があります。
人口減少の局面においては、労働者(供給能力)が減少する一方、消費者(需要)も減りますから、単純にインフレになるとは言い切れないのですが、「単身世帯+FIRE」という層が増えると、供給能力が減り、リタイアした消費者だけが残ります。
そうなると、需給は引き締まり、インフレになる可能性があります。
企業活動においては、「おひとり様需要」をどれだけ取り込めるかが、企業の競争力を左右するかもしれません。単身世帯は、過去40年という長い時間軸で見ると、着実に増加しており、今後もそのトレンドは反転しそうにありません。
例えば食品スーパーにおいても、大都市に住む単身者をターゲットとしたミニスーパーが増えてきました。ただ、現在のところ、商品政策(MD)は、ファミリー向けのスーパーと比較するとバラエティに乏しいし、ひとり用のサイズの商品も少ないのです。
また、飲食チェーンでは「ひとり焼肉」などを打ち出す企業もありますが、どうしても品質・サービスともにローエンドに振ったものがメインです。
今後は、所得+資産においては中流と言えるような人も、積極的に単身世帯を選んでいくようになっていきます。増えていく「中流の単身者」を捉えるためのMDをどう打つかも注目です。
単身世帯が増加する前提として、結婚しないという選択をする若者が増えることがあります。
今は都内で「結婚して家庭を持つ」ことが経済的に非常に難しくなっています。さらに、これまで顕著だった「皆婚時代」が異様だったということも言えるのではないでしょうか。
以前から潜在的には未婚を貫きたいと考えていた人もいたと思います。
彼らは「家族との時間はプライスレス、と言われても…」という風に、結婚のメリットについて懐疑的だったのでしょうが、かつてはこうした人たちも半ば無理やり結婚させるシステム(社会の雰囲気)がありました。
そうした仕組みが崩壊した今、未婚者が増えていることに不思議はありません。