金持ちであるがゆえに不幸な出来事が起きやすいものです。
たとえば高齢になって妻に先立たれた男性が、近所の小料理屋の女将と仲良くなって「結婚しようと思う」と話したとき、財産がない家であれば、子どもたちは、「お父さん、良かったじゃない。幸せになってね」と言ってくれます。
考えようによっては、その女性に介護を押しつけることもできるわけですから。金がなければ、誰も反対しないでしょう。
しかし、家を売ったら2億円になるとか、たっぷり貯金があるとかという場合は、「財産目当てに決まってるじゃないか!そんな女と結婚するなんて僕たちは許さないよ」などと言われて結婚させてもらえません。
日本の高齢者は気が弱いから、子どもに嫌われたくなくてあきらめるケースが多い。それこそ「嫌われる勇気」を持ったほうがいいと思います。
財産のために親の再婚を反対するような子どもが、先々ちゃんと介護してくれる確率は決して高くないですから。
財産目当てだと思われている女性も、途中で離婚したら財産はもらえなくなるわけですから、たとえ財産目当てであっても、自分の介護はしてくれるという保証はあるでしょう。
財産目当てでもいいから、女の人が一緒に暮らそうと言ってくれるのであれば、これまで稼いで貯めてきた甲斐があるじゃないですか。
ところが息子や娘に反対されて再婚をあきらめてしまったら、独り身のまま寂しい日々を過ごし、介護が必要になったときに子どももあてにならない。
これもよくある話ですが、金持ちが家を売って高級老人ホームに入るという話になったとき、反対する子どもが多い。
有料老人ホームというのは、原則的には所有権ではなく利用権しかありません。
そうすると、5億円の老人ホームを買っても、だいたい10年償還のところが多いから、10年経ったら財産価値がゼロになって、相続できる遺産が5億円減ってしまうわけです。だから、子どもたちが反対する場合が結構あります。
というように、財産を持っていたところで、子どもたちの言いなりになっている限りにおいては、よけい不幸になってしまうことがよくあるわけです。
高齢になったら医療に対する考え方を変え、お金についてもマインドリセットする必要があります。
日本人は昔から、稼いだ金を好きなことに使うより貯金に回すことが正しいと思っているところがあります。
そこへ2019年に金融庁が「老後2000万円問題」を公表し、老後資金に2000万円貯めていないと晩年にお金が足りなくなるといわれて、いよいよ貯金に走っているわけですが、ケチケチして貯める必要はないと思います。
まず、この2000万円問題は、2017年の高齢夫婦無職世帯の平均収入から平均支出を差し引くと毎月5.5万円赤字になるというケースを取り上げて、30年間で総額2000万円が不足するとされた。
しかし、これはあくまで17年の平均値から算出した額であって、すべての人に当てはまるとは言えない。30年という年数についても、かなり寿命を長く設定しているため、多くの人に当てはまらないと思います。
実は、老年医学を長い間やっていて気がついたことなのですが、ヨボヨボになるか、寝たきりになる、あるいは認知症がひどくなると、人間は意外とお金を使わないのです。 家のローンも払い終わって、子どもの教育費もかからなくなったので、経済的に余裕ができる。
ところが、認知症が進んだり寝たきりになったりしたら、旅行に行ったり高級レストランで食事をしたりする機会は、まずないと言っていい。そうしたときに介護保険を使えば、特別養護老人ホームに入ったところで、費用はだいたい厚生年金の範囲で収まります。そうなると老後の蓄えなど必要ありません。
高齢になってもなお、「将来が不安だから」とお金をできるだけ使わないで済ませようとする人が実に多いのですが、年金をもらえる年齢であれば、病気になって入院することになっても国の保険制度を使えば支出はさほどかかりません。
そのとき初めて、一生懸命に節約して頑張って貯金なんかしなくてよかったな、損したなという気分になるはずです。
そもそも論として、老後の蓄えというのは本来、老後使い切るための蓄えです。
それなのに、年金額のなかで生活しなくてはいけないと思い込んでいる人が多すぎる。何歳まで生きるかわからないからとやたら心配して、死ぬまで金を貯め続けるなんてバカげたことはありません。
つまり、お金に対しての考え方をどう変えてほしいかと言うと、お金を持っていることより使うことのほうに価値がある、ということです。
むしろ、体が動いて頭もしっかりしているうちに、せっかく貯めたお金を使っておかないと、人生を楽しめないし、心も体も老化が進むばかりです。
知らない土地を旅したり、普段行かないレストランでめずらしい料理を食べたりすると、前頭葉が活性化されて若返ります。
前頭葉というのは新奇なことを行なうときに働くものなのです。健康やアンチエイジングにお金を使い、おしゃれをしていろんなところに出かければ、幸福感も高まります。
さらに、孫や子どもとの思い出づくりにお金を使えば、それだけ家族たちから大切にされるはずです。人生の終幕を迎えつつある人からよく聞くのは、「死ぬまでに楽しい思い出をもっと残しておきたかった」という声です。
「あのとき、ケチケチしなければよかった」と悔やんでいたと遺族の方から聞くこともめずらしくありません。
お金があって、世界一周旅行に行きたくても、要介護になったらまず行けなくなります。行けるときに行っておかないと思い出はつくれません。
自分で稼いだお金です。配偶者と貯めてきたお金なのですから、自分たちの幸せのために使うのが当たり前。
それこそ豪華客船で世界一周してもいいし、温泉旅行でもいいし、おいしいものを食べに行くのでも何でもいい。自分の心を満たすためにお金を使い、思い出を残す。
だんだん体が思うように動かなくなり、ベッドの上で過ごす日が多くなる人生の最終段階で、心の支えとなってくれるのは、「あのときは楽しかったな」という思い出です。