岸田首相の経済音痴ぶりと日銀の植田和男総裁のコミュニケーション不足。8月5日は日経平均株価が前週末比4451円安となり、過去最大の下げ幅を記録。下落率はマイナス12.40%で、下げ幅は1987年10月の「ブラックマンデー」(3836円48銭)を超える衝撃的なものとなりました。
ニューヨーク株式市場もダウ工業株平均が大幅続落し、世界同時株安が進む。日経平均株価は7月11日に史上最高値の4万2224円2銭をつけていましたが、これは円安効果で押し上げられていました。
半導体・AIバブルと言われたように、そこまで景気は良くないのに今年春と初夏の株価は上昇が続きました。
そのタイミングで日銀の植田総裁が7月末に踏み切ったのが追加利上げです。政策金利を0.25%程度に引き上げる利上げを決定し、「2%の物価目標の持続的・安定的な実現のために利上げ実施が適切と判断した」と語りました。
利上げと量的引き締めによって消費の足が引っ張られるとの見方が根強い中、植田総裁は市場との念入りなコミュニケーションを欠いたまま強行したのです。
市場は売りが売りを呼ぶ「パニック安」となった一方で、景気減速への懸念が生じている連邦準備制度理事会(FRB)には早期利下げを求める声が強まり、現在の政策金利は5.25~5.50%となっていますが、9月にも0.75%利下げする可能性があります。
日米金利差の縮小は円相場に反映され、一時は1ドル=160円台まで円安が進んでいましたが、急速にドル売り円買いが進行し、8月5日の東京外国為替市場は1ドル=141円台まで値上がりしました。
今年1月以来、7カ月ぶりの高値水準で、米国やアジア、欧州の株安には、経済指標が市場予想よりも悪く景気後退リスクが高まる米国の事情や中東情勢の緊迫化の影響もあるでしょう。
しかし、そのトリガーを引いたのは「植田ショック」です。急激な円高に引きずられるように株価が急落し、市場は売りが売りを呼ぶ「パニック安」となりました。
金融引き締めによって日本経済にマイナスな影響を与えた過去の失敗を繰り返しているように思えます。
岸田首相は日銀と協調し、大幅な賃上げや株価上昇を経済・金融政策の成果として強調してきました。「経済の岸田」を自認し、「明日は今日よりも良くなると感じられる国を目指す」と豪語していたのを覚えているでしょう。
それだけに今回の大暴落には失望が広がります。
振り返れば、岸田首相は2021年の自民党総裁選の際に「令和版所得倍増計画」を掲げ、新しい資本主義が必要だと説いた後、いつの間にか所得倍増は「資産所得倍増」に修正されましたが、我が国の個人金融資産約2000兆円を貯蓄から投資へ誘導する「資産所得倍増プラン」を策定しました。
2022年5月には英ロンドンの金融街シティで「Invest in Kishida(岸田に投資を!)」と呼びかけ、「日本経済はこれからも力強く成長を続ける。安心して日本に投資してほしい」と煽っています。
プランの要諦は「1億総投資家」を目指し、老後生活に不足するお金は運用によって自分で確保してほしいということだったのでしょう。
大暴落しても市場へのメッセージが弱い日本政府 日本証券業協会によれば、証券大手10社のNISA口座は6月末時点で計1520万口座と前年同時期から3割も増加しました。
2019年に金融庁のワーキンググループがまとめて話題となった「老後2000万円問題」を念頭に、老後生活に必要な資金を確保するためNISAを活用している人も少なくないでしょう。
投資初心者に限らなくても、今回の大暴落には動揺が広がって当然です。しかし、鈴木俊一財務相は「新NISAをきっかけに投資を始めた方々に動揺が生じているという報道を目にしています。新NISAについては相場の下落などの市場変動が進む中にあっても、長期・積立・分散投資の重要性を考慮して冷静に判断していただきたい」と呼びかけるにとどめています。
林芳正官房長官も「冷静に判断していくことが重要だ。内外の経済金融市場の動向を緊張感を持って注視し、経済財政運営に万全を期していきたい」と述べるなど、どこか他人事のように映る。どこまで株価が下落するのかわからず、慌てて株を売ろうとする投資家にもっと寄り添ったアナウンスをできないのでしょうか。
資産運用立国を掲げて「1億総投資家」計画を推進してきたのは岸田政権で、2008年のリーマンショックや2020年のコロナショックを超える「植田ショック」が生じたにもかかわらず、当局が「冷静でいてください」としかアナウンスできないのは何とも情けないものです。
何より、新NISAをスタートした人々があまりに可哀相でしょう。SNS上には「もう撤退します」「新NISAなんてやらなければ良かった」との声が相次ぎます。
資産形成をするどころか、マイナス幅の拡大によって人生の窮地に陥る人もいます。
岸田氏自身は有価証券を保有していないにもかかわらず、国民には投資による「リスクをとれ!」と言ったのです。
東証株価指数(TOPIX)が急落し、一時的に売買を停止する「サーキットブレーカー」が発動された時、こうした人々がどのような不安に陥ったのか。個人投資家が窮地に立つ一方で、利益を享受する“ハゲタカ”は笑います。
今後も円高の流れが進めば、株価の調整は長引く可能性があるでしょう。
日銀の植田総裁は利上げ決定の影響について「利上げといっても金利の水準、あるいは実質金利で見れば非常に低い水準での少しの調整ということ。景気に大きなマイナスの影響を与えるということはない」と述べています。
たしかに日本経済の実体から見れば株価は下がりすぎとの見方はありますが、円高の進行によって景気腰折れリスクは生じます。
雇用悪化・失業者増など、投資をやっていない人にも負の連鎖が起きる可能性は捨てきれません。
年金資産を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用成績が悪化すれば年金受給額に悪影響が出る恐れもあり、実体経済への影響も気がかりです。
8月6日以降は「下がりすぎ」とみられた銘柄で反発が見られ、短期の売買に一喜一憂すべきではないのは鉄則と言えますが、大暴落時に焦って売却した人もいることは事実です。
岸田首相は、9月の自民党総裁選で撤退を余儀なくされるのか否か。大きな損失を被った投資家には「増税や社会保険料アップに続いて、これか」と溜息が渦巻いています。
岸田政権を巡ってはすでに決定されている防衛費大幅増に伴う所得税・法人税・タバコ税の増税に加え、6月からは1人あたり年間1000円の「森林環境税」が徴収されることになりました。
電気・ガス代の補助金制度は5月使用分で終了し、電気料金などの負担は6月分から増加。冷房が欠かせない夏場を前に補助金を打ち切る感覚が理解できません。
今春闘で大企業の賃上げ率は5.58%(1次集計)と高水準を見せましたが、日本商工会議所が6月5日に発表した調査結果を見ると、中小企業の正社員賃上げ率は3.62%と大幅に下回っています。
小規模事業者は賃上げの恩恵を得られていない上、最近の物価上昇によって生活が一向に上向かないといった声は根強く、4月の毎月勤労統計調査によれば、実質賃金は前年同月比0.7%減少となり、過去最長の25カ月連続マイナスとなりました。
岸田首相は「所得倍増プラン」「資産所得倍増」などと掲げてきたが、岸田政権が発足した2021年秋から国民全体の生活は改善されているとは言えません。