テレビの地上波の総個人視聴率(PUT)が低下しています。
PUTとは特定時間帯の個人視聴率を合計したもので、どれくらいの人がテレビをリアルタイムで観ていたのかを表します。
たとえば1000人中350人がその時間帯に各番組を観ていたら、PUTは35%になります。
在京主要4局の2022年の年間平均個人視聴率と同コア視聴率、および2022年度第3四半期のCM売上高について、日本テレビとテレビ朝日は「個人視聴率」で拮抗しているのにCM売上高で大きな差がついています。
2021年の年間平均PUTは全日帯(午前6時~深夜0時)が22.1%、ゴールデン帯(午後7時~同10時)が36.2%、プライム帯(同7時~同11時)が34.0%でした(視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)。
2022年の年間平均PUTは全日帯が20.1%、ゴールデン帯は33.1%、プライム帯は、31.1%。いずれも下がりました。
関東の個人視聴率は1%が約41万人に値するとされるので、ゴールデン帯の場合は1年間で約120万人の視聴者が離れてしまった計算になります。
理由は「若者のテレビ離れ」と考えられがちで、10代は2017年には平日の1日に約73分、リアルタイムでテレビを観ていましたが、2021年の最新調査では同約57分に減っています(総務省、2022年版情報通信白書)。
もっとも、それより大きいのは50代以上のテレビ離れに違いありません。
テレビをよく観る世代だったはずの50代の視聴時間が減っています。
2017年は約202分だったが、2021年は約187分に落ちました。
10代も50代も配信動画などを観る時間が増えましたし、テレビに魅力を感じなくなってしまったせいもあるでしょう。
だが、50代以上のテレビ離れの理由は違うところにあります。
民放の多くの番組がコア層(13~49歳)など若い世代を主なターゲットにするようになったからです。
若者重視の傾向が顕著になったのは標準指針となる視聴率が、世帯視聴率から個人視聴率に移行した2020年4月以降です。
朝日、毎日などの新聞も個人視聴率中心の報道に変わったこともあって、標準指標の移行をご存じの人が多いはずです。
ジャーナリストの池上彰氏(72)は東洋経済オンラインに「いま各テレビ局は、世帯視聴率は問題にしていないんです」(東洋経済オンライン、2022年6月3日)と書いています。
民放だけではなく、NHKの業務報告書からも世帯視聴率という言葉は消えました。
個人視聴率の標準指標化は時代の要請でした。
世帯視聴率は特定の番組を観た「家の割合」しか分かりません。
1000軒のうち150軒が観ると15%です。
家族のうち誰か1人でも観たらカウントされる仕組みで、どんな人が観ていたのかは分かりません。
このため、世帯視聴率時代は特定の世代をターゲットにすることが難しかったのです。
一方、個人視聴率は4歳以上のうち、どれくらいが特定番組を観たか、「人の割合」を表します。
1000人中50人が観ていたら5%です。個人視聴率は観ていた人の年齢や性別などの詳細なデータが分かるので、コア層など特定の世代をターゲットに定めることが容易になりました。米国では30年以上前から導入されています。
ターゲットが若い世代中心になったことを示す象徴例は冬ドラマ『大病院占拠』(日本テレビ)です。
物語がバトルゲーム感覚で、リアリティは乏しく、人情の機微などはほとんど描かれていないから、年齢の高い層の個人視聴率は低いです。
しかし、若い世代の反応は正反対で、とりわけT層と称される13歳から19歳の個人視聴率が高いのです。
コア視聴率も冬ドラマの中で1、2を争い、バトルゲーム感覚だからこそ若い世代にはウケるようです。制作陣としては狙い通りでしょう。
世帯視聴率は家族の誰かが観てくれたら良いので、人数の多い世代が好みそうな番組ほど数字が上がりやすいのです。
だから、世帯視聴率時代は年齢の高い視聴者に向いた番組が幅を利かせました。
なにしろ少子高齢化で人口の約半分が50歳以上。高齢者(65歳以上)のいる世帯も1980年の約25%が今では約50%にまで激増しています。
年齢の高い視聴者に向く番組とは、1話完結スタイルの刑事ドラマです。勧善懲悪調で昭和期の時代劇と似ているところなどが良いのでしょう。
世帯視聴率時代は週3~4本放送されていましたが、ターゲットが若い世代中心に変わったことから、一転して生き残りが難しくなっています。
『警視庁・捜査一課長シリーズ』(テレビ朝日)も10%前後と上々の世帯視聴率をマークしながら、2022年6月に幕を閉じました)。
なぜ、ターゲットの中心が若い世代になったのかはスポンサーが望んだため。若い世代はCMを多く流す業種との親和性が高いからです。
日本テレビでスポットCM(番組と番組の間などに流れるCM)を一番多く流しているスポンサーは通信・ゲーム業界です。通信はスマホなどを指し、若い世代のほうが関係が深い業種です。
通信・ゲーム業界のCMは他局も比率が高いのです(2022年度第3四半期=同年4~12月)。
また、やはり各局とも多いのが化粧品や外食産業のCMで、若い世代のほうが顧客となりやすいのです。
個人視聴率、コア視聴率とCM(スポットと番組スポンサーのタイムの合計値)の売上高は比例するのかは、在京主要4局のデータを見ると、2022年の年間平均個人視聴率と同コア視聴率と2022年度第3四半期のCM売上高、認知度が高まったTVerを含めた無料動画の広告売上高見ると興味深いです。
番組の質と視聴率は全く別次元であるものの、いつの時代も視聴率と売上高はほぼ一致します。
個人視聴率では拮抗している日本テレビとテレビ朝日の売上高に400億円以上の開きがあるのはコア視聴率の差が背景にあります。
TVerなどの無料動画の広告売上高がそれほどでもないのは、基本的には再放送と同じ扱いだからです。
再放送もTVerも番組制作費は放送時のスポンサーから得ているので、再び高額のCM料は受け取れません。
民放の冬ドラマ14本のうち少なくとも約半数は若い世代を強く意識していると見られます。
すると年齢の高い視聴者の多くは面白くないと思い、テレビを消すから、PUTは下がります。
50代以上は人数が多いから、PUTへの影響は大きいのです。
個人視聴率時代に入る前は若い世代向けのドラマが隅に追いやられて、シンボリックなのは1991年にテレビ朝日が設けた『月曜ドラマ・イン』という午後8時台のドラマ枠です。
名作漫画を原作とする若い世代向けの作品『南くんの恋人』(1994年)などを放送していましたが、2000年に枠が消えました。
『月曜ドラマ・イン』の消滅と10代人口の減少は軌を一にして、1990年には10歳から19歳が約1853万人いたが、2000年には約1406万人に減りました(国勢調査)。
世帯視聴率が標準指針だと、人数の少ない世代は割を食い、その後も若い世代は減り続けたため、若者に向けたドラマは多くならず、個人視聴率導入が一大転換期となりました。
人数が少なくてもスポンサーは若い世代の視聴者を望み、ドラマだけではなく、バラエティもそうです。
現在、コア視聴率トップのバラエティは『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)。
CMの売上高も突出し、ほかにも同局には『ぐるナイ』(木曜午後8時)など若い世代をメインターゲットにしたバラエティが目立ちます。それが高い売上高を支えています。
他局にも若い世代が好むバラエティが増え、2021年4月に始まった『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ)です。
世帯視聴率は平凡であるものの、コア視聴率はやはりトップクラスです。
個人視聴率移行後の2021年4月、それまでTBSが日曜午後1時から放送していた『噂の! 東京マガジン』が、高い世帯視聴率を誇っていたにもかかわらず、BS-TBSに引っ越しました。
代わりに始まったのがジャニーズ事務所のアイドルたちが登場する『それSnow Manにやらせて下さい』。民放内のスタンスの変化を浮き彫りにする交代劇だった。
民放が年齢の高い視聴者にターゲットを移すことはないでしょう。その分、若い世代がテレビに目を向けることになっても、PUTはまだ下がるでしょう。
若い世代は人数が少ないからです。もはや人口と人口比率の問題と民放ビジネスは切り離せない状況にあります。