過去20年間に日本の家計がその預貯金偏重の資産構成のゆえに失った利益総額(機会損失)を推計すると20年間でなんと1222兆円と途方もない金額になったようです。
日本の家計資産構成はより豊かになる可能性がありながら、それを放棄してきたとしか言えません。
預貯金に偏した資産構成はなぜ執拗に続いているのは、米国の家計の資産構成との比較して考えると次の4つの理由が考えられます。
1 日本の株式市場では同じリスクで得られるリターンが米国より相対的に低い
日本のバブル崩壊期の1990年代から2000年代前半まではその通りで、日本の株式を対象にした長期・分散の投資のリターンは、長期国債との比較で低く、この時期の日本ではリスクに見合った投資リターンが成り立っていませんでした。
しかし、バブル崩壊による銀行の不良債権処理がおおむね終了した2004年以降、日経平均やTOPIXなど株価指数に見る投資リターンは回復し、無リスク資産としての国債投資のリターンを十分に上回るリスクプレミアムを上げています。
2 日本では住宅購入の負担がリスク性資産投資を抑制した
1991年をピークとする不動産バブルでは、例えば東京都の住宅価格は家計の年収比で10倍を超えました。
一方、当時の米国では平均的な住宅価格は平均年収の5倍程度でした。日本の家計は持ち家を取得するまで、住宅購入の頭金準備で貯蓄しますが、住宅購入後は住宅ローンの返済が重く、リスク性金融資産で資産形成をする余裕が乏しいのです。
しかし、不動産バブル崩壊後の1990年代後半からは、都市部でも住宅価格は家計年収比5倍前後と米国を含む当時の他の主要先進国と変わらない水準まで下落しました。
3 日米家計のリスク資産の保有比率の違いは、日米の資産分布格差の相違を反映している
日米ともに富裕層(高所得・保有資産大)ほどその金融資産全体に占めるリスク資産の保有比率は高いのです。
これは富裕層ほど資産価格の変動リスクに対する許容度が高いと考えれば当然のことです。
その結果、所得上位1%、あるいは10%への富の集中度が日本よりはるかに高い米国では、平均すると家計全体の高リスク資産保有比率が日本よりずっと高いものになります。
「株式投資で成功するためには、適切な銘柄選びと投資のタイミング判断が必要だ。しかし私には分からないからできない」と依然多くの人が考えています。
逆に言うと、広範な株価を対象にした株価指数(インデックス)に連動した定額積立投資を持続すれば、自ずと20年~30年の長期では無リスクの資産に比べてリスクプレミアムの分だけ高いリターンが実現できます。
配当は再投資して複利効果を出すのが重要で、投資期間は長ければ長いほど良いのです。これが求められている金融リテラシーの中核命題です。
もちろんリスク分散したポートフォリオでも、投資家は資産価値の高い変動リスクにさらされます。
そうしたリスクの対価として長期では高いリターンが得られるわけですが、これは教育・学習・体験を経て分かることです。
実際、各種調査から金融リテラシーの相違がリスク性資産の保有の違いに影響していることが明らかにされています。
ただし知識はテキストを読んだからといって直ぐ実践につながるものではありません。
株式投資が伴う資産価格の変動は、とりわけ株価が急落するような局面では心理的な恐怖を伴うものです。
そうした恐怖心を乗り越えて報われるという体験的な学習を通じて初めてリスク性資産への長期・分散投資の実践につながります。
体験と検証に基づいて、長期での再現性が高く、最も万人受けの効率的な投資は、内外の株価指数連動ファンドを使った長期定額積立でしょう。
米国では、今日では長期・分散投資の定番となった株価指数(インデックス)連動の投資ファンド(mutual funds)が1970年代後半に開発され、1980年代にはIRA(個人退職口座、Individual Retirement Account)や401Kと呼ばれる確定拠出型の個人年金の普及とともにそれが広がりました。
そして幾度もの株価の暴落を経ながらインデックス連動の投資が長期で高いリターンを上げることが、中間所得層から高所得層まで広範囲に体験的に学習されたと言えるでしょう。
一方、日本ではインデックス投資が間の悪いことに1990年前後のバブル崩壊の開始期に導入されました。
また確定拠出年金が始まったのも2000年代になってからであり、伝統的な確定給付年金から確定拠出年金への移行が遅れました。
しかも日本の団塊の世代(1947~49年生まれ)がちょうど40歳代になり所得が増え本格的な資産形成に向かう時期だった1990年代にバブル崩壊と株価低迷が重なりました。
その結果、株式投資、住宅購入などで痛手を負った団塊の世代の多くが、株や不動産などリスク性資産投資について非常にネガティブな認識を持ってしまったのです。
今の希望はそうした負の履歴から自由な若い世代の間で、つみたてNISA(少額投資非課税制度)や確定拠出年金を利用した株式インデックス投信で定額積立投資を始める人々がじわじわと増えていることです。
最近の人気投信として米国株価指数に連動するものが最も買われているといいます。
それはそれでよいですが、リスク分散が重要です。
そのためには日本の株価指数を含める、あるいは世界全体の株価指数に連動したものを選ぶことを考えた方が良いでしょう。
そして定額積立投資を一度セットしたら、金融・投資関係が本業でない限り、相場や時価総額など頻繁に見ずに、本業に専念するのが効率的です。
短期の相場変動など気にするだけ心理的な徒労で、百害あって一利無しだからです。
政府は年内に「貯蓄から投資へ」の具体策を公表すると言っており、つみたてNISAなどの限度額の拡大、期間の恒久化などが有望視されています。
日本のミドルクラスの資産形成を支援する大胆な施策が実現することを期待します。