バブル崩壊後、日本の産業は過剰な人員などを削減しなければならず、それが賃金の押し下げ圧力になりました。
日本の産業は2010年頃、人員過剰から人手不足にシフトしました。それでも、賃金が上がらないとすれば、いったいそれはなぜなのかという疑問が生じます。
人手が余っていたときは、企業が労働力を減らしたいわけですから、労働者間の競争もさほどないため、賃金が抑えられても驚くには当たりません。
しかし、人口が減り、人手不足になるのは明らかなのに賃金が上がらないのは不可解です。
2009年以降、景気回復に伴って完全失業率の低下や有効求人倍率の上昇が続き、労働市場全般でみれば、人手不足基調が続いています。
標準的な経済学の教科書では、「人手不足、すなわち労働市場の需給が逼迫すると、価格調整機能にしたがって実質賃金が上昇し、新たな均衡が実現する」と書かれています。
しかし現実には、正社員も、非正社員も人手不足状態が長く続いているにもかかわらず、賃金は上昇軌道に乗れないでいます。
人手不足なのに、なぜ賃金が上がらない理由を紹介します。
〇バブル崩壊後の1995年~1999年に学卒就職した「団塊ジュニア世代」を含む「就職氷河期」世代の影響
この世代は、全雇用者の3割近くを占め、現在30-40代の働き盛りです。
卒業時に適職に就職することが容易ではなく、また入社後企業を取り巻く環境が厳しかったこと等から教育訓練等による十分な職業能力の蓄積ができていません。
その結果、前後の世代よりも賃金水準が低く、全体の賃金押し下げ要因となっています。
〇業績が好調で順調に利益も確保しているにもかかわらず、賃上げに踏み切れない企業
その理由として、一度賃金を上げると将来業績が悪化した際に賃金を下げることが難しいという賃金の上方硬直性(労働需給が緩んでもなかなか賃金が下がらないという下方硬直性の裏返し)が考えられます。
長年にわたって、日本経済が比較的低成長だったということも背景にあります。将来への不確実性が大きいほど、この傾向は顕著となります。
〇雇用者全体に占める非正規雇用者、女性、高齢者の比率の上昇といった構成バイアス
女性・高齢者といった従来、就業率が低かった層の就業率が2000年以降で大幅に上昇しました。正規労働者より賃金水準の低い非正規労働者の立場で就労しているケースが比較的多いです。
少子高齢社会による労働力不足に対処しつつ、経済成長を遂げていくには、元気な高齢者が働きやすい環境を整備することが必要ですが、非正規雇用の高齢者が増えていけば、全体的な賃金の低下に拍車をかけかねません。
〇新規求人の増加に対する寄与率が高いにもかかわらず、賃金がむしろ下がる傾向にある介護福祉産業
当産業は、介護報酬制度によりサービスの価格が抑えられており、サービスに対する需要が増えても、それに合わせて価格を上げることができないため、利益が増えず、賃金を上げることができません。
〇少子高齢化と相まって続く社会保険料率の毎年の引上げに伴う雇主の負担増
〇労働組合の賃上げ要求も抑制傾向
このように賃金の上がらない要因は複合的であり、一様ではないことです。
また、終身雇用や年功序列など、日本型雇用制度の特質も賃金停滞の一要因だとは思います。
実際、米国では、賃上げの度合いが「クレイジー」と言えるほど、すごいことになっています。カフェやレストランは人を確保できないため、賃金で競っているのです。賃金を上げれば優秀な働き手が見つかり、時間はかかっても儲けが増えます。
日本政府は1990年代後半から労働規制を大幅に改革してきました。
非正規労働者の雇用に関する企業側の自由度を高め、解雇以外の雇用調整の選択肢も増やすと共に、少なくなった正規労働者に長期雇用制度を維持しています。
従来の日本型雇用制度には大きな強みもあれば、大きな弱点もあります。
まず、強みは、長期勤続が前提のため、企業が従業員研修に投資することでした。企業と働き手の間には忠誠心があり、労使関係も比較的良好な協調関係にありました。
日本の製造業が生産性の高さと高品質のモノづくりを誇っていた背景には、労使関係の良好さがあったのです。
一方、弱点は、長期雇用制度の安定が、著しく差別的な「正規と非正規の2層構造」から成る雇用制度と結びついていた点でした。
男性が大半を占める正社員と、女性が大勢の非正規労働者という2層構造です。
両者の待遇には、給与や福利厚生、雇用の保障などの点で、実に大きな格差があります。
人手不足は、正社員と非正規労働者の格差を埋める絶好のチャンスです。格差が小さくなれば、生産性が上がり、働き手の幸福感も増します。
働き方改革により、男性が圧倒的に多い正社員と女性が大半を占める非正規労働者の格差を縮小すべきです。
同一労働同一賃金、適正な労働時間、テレワークなどの柔軟な働き方を増やせば、生産性も上がります。