政府は年金財政が悪化していることから、基本的に年金支給額を減らす方向で調整を行っています。
物価上昇を反映して支給額を増やす仕組みは存在するものの、現役世代の人口が減った分、年金を強制減額する仕組みが存在するので、物価上昇分の多くは、この減額で相殺されてしまいます。
つまりこれからの年金支給額は、物価上昇分ほどには増えないと考えるべきです。
そうなると物価上昇分を補うためには、就労を続ける必要があり、就労意欲がある高齢者にとっては、ある程度、有利になるような制度に移行しつつあります。
一連の年金制度の改定は、老後は年金をもらって生活するという価値観を改め、基本的に生涯を通じて就労し、年金は賃金を補うものであるという新常識を国民に求めていると考えた方がよいです。
こうした価値観の転換については、いろいろな意見があるでしょうが、30年間経済が成長せず、現役世代の人口が減っている以上、避けて通れないと考えるべきです。
しかしながら、年金の支給基準の決定は極めて複雑な仕組みになっており、国民にとっては、とにかく分かりにくいのです。
この分かりにくさでは、多くの国民が年金制度を理解し、運営のあり方について正面から議論していくのは難しいでしょう。
多くのメディアや一部の専門家も、十分に内容を理解しないまま、政府の説明をそのまま垂れ流しており、国民の理解はますます遠のいています。
公的年金というのは、もっとも重要な政策のひとつであり、国民生活の維持にとってはもちろんのこと、経済的にも極めて大きな影響があります。
これだけ複雑になってしまったのは、とにかく目立たないように支給額を減らしたいとの意図から、小手先の小さな改定を繰り返した結果です。
本来であれば、マクロ的な事情から、従来の年金水準の確保は不可能であり、減額を中心とした改定を行っていかなければ制度を維持できないということです。
仮に国民が減額を中心とした既存制度の改定を望まないのであれば、抜本的な年金制度改革をしなければなりません。
一連の責任を担っているのは当然、政治ですが、今の政界は非常に頼りないです。岸田政権誕生前の自民党総裁選において、年金制度改革について言及したのが河野太郎候補ただ1人だったという事実が、今の永田町の現状をよく表わしています。
従来の制度では、年金の受給開始年齢は65歳を中心に60から70歳までの10年間が設定されていた。新しい制度では、これが60~75歳の15年間に拡大されます。
政府は高齢者の就労を促すため、年金支給を繰り下げる制度を設け、今回はそれをさらに拡大させ、支給開始年齢を75歳まで繰り下げられるようになりました。
支給開始を75歳まで繰り下げた場合、65歳支給開始に比べて84%年金受給額を増やすことができます(1カ月あたり0.7%×120カ月)。
75歳まで十分な収入を確保できる人にとっては、8割の増額になるのは大きなメリットですが、この条件に当てはまる人はそう多くないだろう。
実際には60歳を過ぎた段階で、すでに生活が苦しくなり、年金の繰り上げ支給を望む人も少なくありません。
繰り下げ支給とは反対に、繰り上げ支給を行った場合、年金が減額されてしまいます。今回の改定では、減額率が月あたり0.5%から0.4%に多少緩和されたものの、それでも繰り上げた場合には25%近く年金が減ります。
近年、生活が困窮する高齢者が増えており、この流れを放置すると生活保護受給者の増加につながるのは確実です。
減額率の緩和は年金財政にとっては逆効果ですが、背に腹は代えられないというのが政府のホンネでしょう。
高齢者に積極的に就労して欲しいという政府の意向は、在職老齢年金制度の見直しにも反映されています。
これまで、一定の収入がある人の場合、厚生年金を減額する仕組みが適用されており、60~64歳では、賃金と年金の合計額が月額28万円を超えると減額対象となっていました。
この基準があるため、あえて就労しない高齢者もおり、「就労意欲を阻害する」などの批判も出ていました。
このため、今回の改定では基準額が47万円まで引き上げられることになったのです。
月額47万円を単純計算すれば年間564万円なので、結構な年収であり、働ける人にはとにかく働いてもらって、保険料を納付してもらおうという算段です。(ちなみに65歳以上については以前から基準値が47万円だったので、同じ金額が継続となります)。
国は年金をもらわなくても生きていける空気を国民に醸成させ、一生働くように仕向け、年金制度廃止に向けて動いていると考えることもできます。